ThinkFreeはGoogleの買収を断る

昨日、「GoogleがオフィスアプリケーションソフトのThinkFreeを買収する方向に動いているらしい」と書いたのですが、そのニュースには続きがあり、ThinkFreeの親会社である韓国のHaansoftは、ThinkFreeのGoogleへの売却を断ったそうです。(徳力さんブログにて知った)ちゃんと最新情報チェックしないとダメだなぁ~、反省。。。。

英語の記事を幾つか見ていて、おそらく源はここだろうと思われる(私が見た範囲では)一番詳しい記事にリンクしておきます。

Google Looks for Korean M&A Target; Korea Times, 12/10/2006

"We hope to make a strategic alliance with Google, but the hitch is that the company does not like alliances. I heard it prefers to scoop up a company rather than cooperate with it,’’ Baek said. (中略) The ThinkFree software has caught the attention of global players because it is available in up to 15 languages and uses only 20 megabytes of memory.

#Googleに対して挑戦的に見えるITProの記事とは、随分口調が違うのですが、(気が弱いので、ホントにあんなこと言ったのぉ?と、)原文を見たところ、「Googleが立ち上げたばかりのワープロやスプレッドシートには基本的な機能しかない」という指摘は、記事を書いた記者さんの意見で、HaansoftのCEO・Baek氏のコメントではないようにも読めます。Korea Timesを見ると、「Googleとはアライアンスが組めれば良いなと思うが、彼らは他社と協力するより、会社をごそっと買い上げるほうが好きみたいだと聞いているから・・・」という感じ。

#まぁ、いずれにせよ、「アライアンスより、相手を買うほうが好きみたい」というコメントも、ちょっと毒が入っていますね。


GoogleのM&Aにみるハイテク業界の技術マーケティング戦略って

徳力さんのブログで、私も以前紹介したことがある韓国系ベンチャーのThinkFreeが、Googleに買収されるかも?という噂があることを知った。 → でも、ThinkFree側は断ったそうです。(12月22日確認)

それを知って、真っ先に浮かんだ感想は、「へぇ、GoogleもYahoo!と変わらなくなって来たなぁ」。

少し前までは、Flickr, Facebook, Overture, Del.icio.usと、綺羅星のごとくその名が響き渡る人気サービスを次々と買収するのはYahoo!の専売特許のように語られていたこともあった。(Yahoo's Strategy: Growth by Acquisition; BusinessWeek, 10/6/2006)

Since Yahoo bought Flickr in March, 2005, it has become one of the top ten networking sites, according to June figures from comScore Media Metrix. Del.icio.us has grown from roughly 300,000 subscribers, when Yahoo bought it in December, 2005, to 1 million this September

また、買収によるYahoo!の成長の影では、自社製サービスとのバッティングや、プロダクトポートフォリオの混乱が起きており、フォーカスの効いたビジョンや戦略、オーナーシップが不明確になっていることに対する警鐘が、社内からあげられたりしている。(Yahoo Memo: The 'Peanut Butter Manifesto' - WSJ.com; 11/18/2006)

で、Googleの動きはどうか、というと、

2003年にBloggersの親会社であるPyra Labsを、2004年7月にはPicasaを、2004年10月にKeyhole(現在のGoogle Earth)を、2005年3月にはUrchin(現在のGoogle Analytics)を、2005年10月にはAOL株の5%を、2006年1月にはラジオ放送用ソフトウェアのdMarc Broadcasting Servicesを、そして今年10月にはYouTube。11月にJotspot。もう最近は多すぎていちいち覚えきれないぐらいだけど、特に、Google VideoがあってもYouTube, Google SpreadsheetとWritelyがあってもThinkFree、というあたりにシタタカサを感じる。(あえて競合させて実験してるのかな?どっちかが転んでも大丈夫なようにリスク分散?とか。。)

参考URL:Google Looks To Boost Ads With YouTube; WSJ, 10/10/2006
Google Acquires Urchin; John Battelle's Searchblog, 3/28/2005
Google Buys JotSpot to Expand Online Document-Sharing Service; WSJ, 11/1/2006

これをどのように評価すべきなのだろうか?

Google論における日本の第一人者、梅田望夫さんは、「『こんなものゼロから作れば俺たちの方がいいものが作れる』という『天才的技術者の発想』より遥かに上位のところで、Googleがきちんと『正しい経営判断』を下す会社になった」と評価されている。

確かにこれは一理あるかも、と思う。「俺たちの方が~」というのは、優秀な技術者を社内に大量に抱えている技術Orientedな会社にありがちな風景なので。しかし、その反面、企業の内側から、そこのコアな分野に関するイノベーションが生まれなくなってくるのは、衰退の兆しだという説もある。

変化の速いハイテク業界でも、ただ闇雲に突っ走っているわけでなく、内部には技術マーケティング・ロードマップに基づく羅針盤がある、という。その中の選択肢としては、必要とあらば、他社の技術を買うという行動も含まれている。技術開発の戦略、その中でも、どういう場合・どういうモノを買収するのか?というM&A戦略はどうあるべきなんだろうか? ということを最近よく考える。

  • 顧客が欲しがっているものを素早く買い取り、ソリューションとして仕立てて提供するうまさに定評があるCisco
  • まさに「俺たちの方がいいものが作れる」で、後発企業をブルドーザーのごとく薙ぎ倒してきたMicrosoft
  • 歴史に名を残す重要な発明を数多く生み出しながら(レーザープリンター、イーサネット、GUI、マウス、オブジェクト指向プログラミング、ユビキタスコンピューティング 等)、どれ一つ社内では事業として成功させられなかったXerox
  • PCアーキテクチャーにおける勝負どころを見誤り、思いがけずに"Wintel"興隆、関連産業の発展の基を開いてしまったIBM

でもまぁ、Googleのコアはやっぱり検索アルゴリズムだろうから、そこ以外のM&Aは普通に経営判断として合理的だろうとも思うし、そもそもシリコンバレーの「世間の狭さ」を考えると、実は両社の社員の中にはフツーに友達同士だったり、「あ~YouTubeね。あそこのXXはいい奴だよ。昔XXで一緒に働いてたんだけど」みたいな感じなんだろうなぁ、と思ったりします。


PS3はポストPC時代を切り拓けるか

そろそろ、コンピューターやソフトウェアは、アーキテクチャーや生態系が「ガラガラポン」(言い換えると、破壊的イノベーション)する時期が近いのではないか?と、1年以上ボンヤリと考えていた。私がそう感じた背景には、

  • パッケージソフトウェア、とりわけ業務アプリケーションの分野では、しばらく、目玉となりうるようなパッとした大規模なモノ(ERP, SCM, CRMみたいな)が出てこなくなってきており、ベンダーの合従連衡もだんだん落ち着いてきたこと → 課題意識を整理するパッケージソフトウェア業界(主にOracle)
  • 世界最大のパッケージソフトウェアベンダーであるMicrosoftが、新しいPC OSを出すのに、5年間もの期間を要したこと。ドッグイヤーの業界での5年間というのは、おそらく、途中で何度もゴールややりたいことが変わっただろうし、方針が変わる中で、いかにこれまでの資産との互換性を維持し、肥大し続ける開発の整合性を取り続けるか、プロジェクトマネジメントにおけるチャレンジだっただろうと思う。(何年か後でも構わないが、Windows Vistaは、ソフトウェア開発・プロジェクトマネジメントにおける重要なケーススタディになるのではないかと個人的には感じている) → Platform Leadershipコンピューター業界に訪れた転換点とは史上最大のプロジェクト
  • PC以外のプラットフォームにおいても、OS開発の規模・複雑性の増加に伴って、複数社による相乗り開発(携帯電話OSが該当するか)、オープンソースソフトウェアの存在感の高まり等、バリューチェーン上、顧客が価値を見出す部分がOSから離れ始めている気配があること→ Big Blueはどこへ行くのか

などがある。

モジュール型アーキテクチャーの代表であるPCが再び転換点を迎えた時、ビジネス構造を変える「ティッピング・ポイント」はどこなのか、ずーーーーっと気になっている。

要素技術の変化や、個々のモジュールを開発している企業の動きをボンヤリ見ていると、何となく、次はチップ周辺かなぁ?と(根拠はないけど)感じていた。グラフィックス分野ではNvidiaと並ぶ二大勢力だったATIがAMDに買収されたこと。そして、昨今盛り上がっている次世代ゲーム機でしのぎを削る3社 - SONY、Microsoft、任天堂 のコンソールにIBMのマイクロプロセッサが採用されていることMicrosoftは、ポストXbox360に向けて、実は自社内でチップの設計を進めているらしいということ。などなど。

ゲーム機は、携帯電話と並んで、「ポストPC」のコンピューター有力候補かもなぁ、と思っている。

で、PS3である。下記はiSuppliのコスト分析を加工したデータになる。

ところで、個人的な主観だが、PS3はゲーム機としては高すぎると思う。画質が良いのはよく分かった。しかし、その差というのは、一般消費者にとって、従来機種よりも4万円も多く払うだけの有意な差なのか?既に、技術革新が顧客のニーズを追い越してしまったような気もする。また、Nvidiaのグラフィックチップの次に値段の高い部品である、自社製のBlu-Ray ドライブがPS3のウリなのだろうが、そんな大容量のゲームソフトの開発は、ボコボコ簡単にできるものじゃないのでは?

ゲーム機の市場シェアはソフトの魅力によって決まる。そう言われて久しいが、既にPS2の時代ですら、ゲームソフトの開発には、1本当たり2年の期間と二桁億円のコストが掛かっていたという。それが更に長期化・高価格化した時に、これまでのような品揃えが実現されるのか?されるとして、それが一体いつなのか?また、PS2の時代で、採算ラインは十万本台とされていたが、それを上回るだけの市場をPS3は、創出できるのだろうか?

このような理由で、個人的には、PS3のゲームビジネスとしての成功には若干疑問を感じている。とは言え、ゲーム機の市場シェア7割を持つSONYの優位が大きく揺るぐことはないかと。リアリティや画質、スペックを求めるハイエンドでコアなゲームユーザーはPS3、もっと気軽に楽しくゲームで遊びたいユーザーにはWii、という感じで住み分けがされる可能性が高いのではないかと思う。

では、ゲーム機、ではなく、「ポストPC」時代のコンピューターとしてどうか、というと、対値段では素晴らしい性能・優れたデザインだとiSuppliは分析している。チャレンジは、その能力をどのように使うかの方だろう。

また、PS3の製品アーキテクチャーとサプライヤーとの関係も興味深い。私は個々の部品の機能や役割にあまり詳しくないので、単純に値段での分析になるが、$800を超えるコストの中で、NvidiaとIBMのチップが1/4以上を占めている。SONY製の部品が占める割合は全体の2割以下だった。但し、(SONY)と書いてある部品をOEM?と推定すると、SONYシェアが5割以上に高まる。

このような構造が、果たして、次世代ゲーム機/コンピューターに対する戦略としてどうかは、また別の機会にもう少し詳しく考えてみたい。


史上最大のプロジェクト

プロジェクトの難しさは、規模に比例して大きくなるのではなく、指数関数的に大きくなるというのは、プロジェクトに関する常識と言って良いと思う。

では、史上最大のプロジェクトは何か?というと、アメリカでは、原爆の開発だったそうだ。そのコストは$20 billion(約2兆円)だといわれているらしい。

そして、それに匹敵する規模だったのが、1万人のエンジニアを5年間投入した、Windows Vistaだそうだ。

「じゃあ、ピラミッドや万里の長城よりも難しかったの?」と内心突っ込んだのだが、Wikipediaによると、ピラミッドの総工費は1,250億円、工期5年、最盛期の従業者人数3,500人という試算を大林組が出したことがあるそうで、実はWindows Vistaよりも規模としては小さい可能性が分かった。また、万里の長城は2,000年以上掛けて建造されたとのことだが、人数は不明。

今やソフトウェア開発プロジェクトは、歴史に名を残すほどの複雑性・困難さを伴うようになりつつある、ということなのだろうか?それに見合うだけのプロジェクトマネジメント技術・方法論は、確立されてきているのだろうか?

Takahashi: Why Vista may be last of its kind
2006/11/30, Mercury News

If we assume Microsoft's costs per employee are about $200,000 a year, then the estimated payroll costs alone for Vista hover around $10 billion. That has to be close to the costs of some of the biggest engineering projects ever undertaken, such as the Manhattan Project that created the atomic bomb during the Second World War. (Wikipedia says the bomb cost $20 billion in 2004 dollars.)


wiiはお茶の間エンターテインメントを変えるか(2)

前回に引き続き、任天堂のwiiの競争戦略について考察する。前述した通り、ゲーム市場全体が飽和気味という環境下なので、

  1. 競合にどう勝つのか?
  2. 従来とは違う市場セグメントをどう切り拓くのか?

という二つの観点が必要だろう。

前回も書いたように、wiiプレビューや岩田社長プレゼン等を見て、「これを単純にゲーム機と考えてよいのだろうか?」と感じたことから、まずは「2. 従来と違う市場セグメントの開拓」という観点から。大きく、次世代の「お茶の間エンターテインメント」市場を巡る動きについて私見を述べたい。

任天堂のwiiに限らず、確かに少し昔から、近未来のライフスタイル「コンテンツを様々なデバイスで利用する」という姿は色々な会社・業界によって色々な言葉で表現されてきた。マンガで表現するとこんな感じ。

真ん中の赤い箱は、デジタル・ハブとかメディア・センターとか様々に呼ばれるが、今のところPCが一番近いポジションに付けているように思う。また、「コンテンツの販売・流通(右側の雲=インターネットの向こう側)」「コンテンツを表示・利用するデバイス」「コンテンツ管理・制御」は、同じプレイヤーかもしれないし別々かもしれない。私個人は、このライフスタイルが実現された世界で覇権を握ろうとしている有力企業は下記ではないかと思っている。

  • SONY
  • Microsoft
  • Apple

また、この競争で最も統合的なビジネスモデルを構築しつつあるのは、Appleだと思う。

インターネット上のiTunes Music Storeで音楽コンテンツを販売し、それ以外の媒体(CDとか)も含めたコンテンツ管理のためのソフトウェアiTunesと、コンテンツを再生するためのパーソナルデバイスiPodを提供しており、音楽コンテンツに関しては、オンライン/オフライン含めた販売額で全米5位に付けている。しかも、これまでコンテンツ自体は、Appleの設定した土俵に乗っかってくれる企業に依存していたが、ジョブズがディズニーの経営に関わっていることから、動画コンテンツそのものに関しても優位に立てる可能性がある。たぶん将来的には、赤い箱の場所にマッキントッシュを置くのがAppleの目標であろう。これは、以前WWDCへ行った時から感じていたことだが、その後も着々と布石を打っているようだ。(「今日の本当の目玉は・・・」以降を参照)

コンテンツを買い、それを利用・管理するという、顧客の一連の用事に対して、インターネットも含めたシームレスなエクスペリエンスとブランドを構築していることがAppleの強みである。だから、必要なソフトウェアとあらば躊躇なく他社を買収し、iPodもマッキントッシュも、主な部品は他社から買ってくる。

他の2社はどうかと言えば、SONYは「イノベーションのジレンマ」に陥り、ポータブルHDDプレイヤー市場には完全に出遅れたし、PS2があまりに成功したからかPS3投入のタイミングは遅すぎたのではないか?とも言われる。ただ、AV製品やPC、携帯電話までメジャーなデバイスは全て持っていて、ゲーム・映画等のコンテンツも有する点では非常に重要なポジションにいる。Microsoftは、Xboxで次世代ゲーム機をいち早く市場に投入し、欧米では完全に「小型PC」化しつつある携帯電話市場でも着実にポジションを固め、最近Zuneを出してきた。かつては「世界中の全てのPCにWindowsを搭載する」ことが野望だったろうが、今では「世界中の全ての"コンピューター"にMicrosoftの技術を搭載する」と考えているのでは?と感じるほどである。Microsoftは、「PC単体でできること」で需要を喚起することがいかに大変になってきたかが身に沁みている分、必死で攻めてくるだろう。

この他にも、アメリカだけを見ても、コンテンツサイドから触手を伸ばそうとしているのはComcast等のケーブルTV、それから通信キャリア等がある。

●では、任天堂はどうか?

前述のように、任天堂の売上は、台数/本数ベースで8割弱が日本以外の市場である。従って、否応無しにグローバルでの競争に巻き込まれるだろう。しかし、これら世界のビッグプレイヤーがひしめく市場に、任天堂はどのように勝負を挑むつもりなのだろうか。

個人的な主観としては、おそらく、上記のようなお茶の間エンターテインメントの総合企業と真っ向から戦わず、「あくまで、消費者にとっての"一つのチャンネル"を提供する」ことが念頭にあるのではないかと思う。アメリカのケーブルTVだと月$50ぐらい払えば50チャンネル以上見れて(確か)、中には、日本語専門チャンネルとかスペイン語チャンネル、もっとマニアックに、一日中スポーツとかSci-Fi「だけ」を流しているチャンネルまである。しかも、一般的にはそれがアメリカのケーブルTVの最低ランクなのである。(実はもっと低ランクのものもあるが、儲からないらしく、あまり公にされていない)

「だったら、ゲームというチャンネルがもう一つあっても構わないでしょ?」というのが任天堂の提案なのであろう。

また、50個もチャンネルがあっても、多くの消費者は全部は見ないだろう(実際、私は殆ど見なかった)。自分の好きなチャンネルの番号を何個か覚えるか、好みの番組が写るまでリモコンでサーチし続けるというのが、TVを見る際の消費者の一般的な行動パターンだとすれば、「お好みのチャンネルをwiiに登録しておいたらどうですか?」という使い方はあるかもしれない。

それでも私が任天堂はゲームチャンネルに特化するのではと思った理由は、

  • ゲームは元々ソフトとハードの統合度の高い製品アーキテクチャー(ハードが替わると互換が効かない)であり、汎化設計されていないため、ゲーム以外のコンテンツを載せた場合の品質・性能は最適化されていないのではないか。
  • wiiのCMやWebサイトを見ても、リモコンを動かしてゲームを行なうという新しいUI等に関するアピールが殆どで、ゲーム以外では具体的にどのようにコンテンツを利用できるのか、提供できるのか、wiiを使うとどう嬉しいのかが分からない。メッセージが感じられない。
  • ゲームとその他のエンターテインメントでは、ビジネスのバリューチェーンや必要な能力が異なるが、今の任天堂に、ゲーム以外の領域にまで進出するための能力/意欲があるかどうかが読み取れない。

よって、ゲーム以外のビジネスについては、任天堂はユーザーにとってのインターフェースとデバイスを提供し、他社との協業によって実現する可能性の方が高いのではと思う。

どちらかというと、私の目を惹いたのは、ゲームソフトの開発コスト・期間を低減させるという取組みだった。ゲームソフトの開発には下記のようなリスクがあるが、それを低減させられるのではないかと感じたので。

  • ゲームソフト市場は、自由度の高い環境の中で数多くの企業が競争を繰り広げ、消費者の微妙で主観的な評価にさらされる製品を次々に送り出すことによって成り立っている市場である。結果として、製品のサイクルは短く、製品の価格弾力性は低く、製品の売行きに関する不確実性は高い
  • 製品企画の提案からマスターアップに至るまでの時間は、最低でも1年はかかり、平均的には1.5~2年
  • 開発に携わる人員数は、数十人が平均的、プロジェクトによっては100人を超える
  • 開発される製品の大規模化、複雑化により、費用は少なくとも数千万円、大規模プロジェクトでは数億円(以上は、藤本隆宏・安本雅典「成功する製品開発-産業間比較の視点」の生稲史彦「家庭用ゲームソフトの製品開発」より)

開発ツールを安価で提供する、他の次世代ゲーム機に比べて短い期間で開発が可能だというのは、かつてMicrosoftがPC市場で自社プラットフォーム を普及するために、魅力あるソフト開発に腐心し、サードパーティに対して開発ツール(Visual Studio)を提供したのと構図としては非常に似ている。

従って、任天堂の強みは、ハード(部品レベルの開発から他社と密接に協業している様子はインタビューからも伺える)からソフトまで含めたゲームという製品アーキテクチャーと、小売も含めたビジネスバリューチェーン全体のアーキテクトである点なのではないかと思う。

余談だが、ここまで開発が大規模化していて、しかもきっとこの業界もロングテールだろうし、ぶっちゃけゲーム開発ってベンチャーを興すのと変わらないリスクではないか?と思った。ゲームソフトベンダーの資金調達って一体どうなっているのだろう。激しく気になる。

但し、これはあくまでゲーム業界のアウトサイダーの私が公開情報から読み取った範囲なので、このエントリにもし業界の方からのツッコミが入ればとても嬉しい。

(データは任天堂のアニュアルレポートより。単位は百万ユニット)

●ゲームは実際のユーザーと購買者が異なっており、購買者をいかに説得するかがカギ

では、再び視点をゲームに戻し、ゲーム市場で任天堂(あるいはその競合)にとってのチャレンジが何かを考察して行きたい。

前述の通り、日本で最もゲームをよくするのは10代のようだ。とすると、ゲームユーザーは、ゲーム機本体・ゲームソフトを親もしくは祖父母に買ってもらっている可能性が高いのではないか。CESAの一般生活者調査報告書によると、「誰が購入し、誰が利用することが多いか」という質問に対する単数回答では、「家族に買ってもらい、自分も家族も利用する」(37.2%)、「自分で購入し、自分だけが利用する」(24.3%)、「自分で購入し、自分も家族も利用する」(19.8%)となっており、仮説としては悪くなさそうだ。

とすると、ゲームメーカーは、ユーザー本人に「欲しい」と思わせると同時に、実際の購買者である親もしくは祖父母に、「自分や兄弟姉妹もやるだろうから、まぁいいか」と思わせなければいけないということになる。

ET研でも、「コレを買ったら孫が遊びに来る」と言われてついゲームを購入してしまう祖父母、という構図が指摘されていたが、家族みんなでゲームに興じる 姿を強調するwiiのCMは、まさに、難しい年頃の子供や孫ともっとコミュニケーションしたい親心・祖父母心をくすぐるうまいマーケティングである。

●テレビ周りのスペース(空間)を巡る戦い

可処分所得が高く、独身1人暮らし・もしくは実家だが自分の部屋にテレビがある状態のコアなゲーマーは、PSとwiiを両方買ったりするだろうが、家族と一緒に暮らしている場合これが問題になるのではないか。我が家の場合、テレビを取り巻くのは、ビデオ、PS2、英語版DVDプレイヤー、CD/MDプレイヤー、アンプ、スピーカー3つ、ラックから溢れているDVDとCD達 である。夫が何か買おうとすると、「これ以上モノをどうやって置くの!」と私が止めるという構図になる。なので、DVDソフトの箱3つ分で収まるwiiの筐体サイズは、こういうお茶の間の事情に対する配慮もなされていると感じた。ちなみに我が家の場合、PS2を買った時の夫の論理は、「DVDも見れる」であった。当時うちにはDVDプレイヤーがなかったので。実際、今でもDVDプレイヤーとして使うことの方が多い。

なので、wiiを買うユーザーでも、PS2はDVDプレイヤーだと思うことにする人はDVD無し版、「いやもうこれ以上テレビ周りにモノを増やすのはやめてくれ」という人はPS2やDVDプレイヤーをしまいこんでDVD付き版のwiiを買うのだろう。直感的には前者の方が多い気がするので、wiiの初期バージョンがDVD再生機能を持たないのは非常にリーズナブルだと思う。場所が狭いのも辛いが、今ある機器を捨てるのは心理的に抵抗があるので。

というわけで、ひとまず、任天堂のwiiはゲームとしてはなかなかイケてるんじゃないか、というのが私の結論なのですが、XboxやPS2/PS3との比較はそのうち(気が向いたら・・・)やるかもしれません。

PS3は、早速徹底的にバラされているようで、iSuppliという会社が部品レベルでのコスト構造分析を発表していて面白いと思いました。現時点では一台当たり$240~$300前後の赤字と試算されています。ただ、Xboxも当初は赤字だったものの、1年も経てば製造コストはドカンと下がって黒字化しているので、ゲーム機のライフサイクルを考えると殊更おかしくはないかもしれません。ちなみに、PS3の中で最も単品で高い部品は、Nvidiaのプロセッサ($129)。次いで自社のBlue-Ray Optical Drive ($125), IBMのプロセッサ($89)の順に続いています。


wiiはお茶の間エンターテインメントを変えるか(1)

私は殆どゲームをやらないのだが、任天堂のwiiはすごいと思った。岩田社長のプレゼンも素晴らしい。話術や資料の巧みさや、テキスト/動画を両方公開するところ、YouTubeにCMをアップするところ等、マーケティング手法としてもとても勉強になったが、それはあくまで副次的な要素で。

やはり、コントローラー自体を振り回して操作するという斬新なUI、それを「リモコン」と呼ぶ発想、「チャンネル」という概念とあの画面設計、「これをゲームという枠組みだけで考えてよいのだろうか?」と思うのは私だけではないはずだ。そんなわけで、ET研の復習も兼ねて、wiiの可能性やビジネスオポチュニティについて考えてみたい。

●ゲーム業界の現状

なんだか色々な可能性を感じるのだが、まずは何と言っても気になるのはゲーム業界に与えるインパクトである。

ゲーム業界全体の規模は、CESA (Computer Entertainment Suppliers' Association)の調査によると、2005年のゲーム総出荷額はハード/ソフト合わせて1兆3,598億円、うちハードウェアが8,727億円、 ソフトウェアが4,871億円となっており、主に携帯型端末の投入が成長要因であったとされている。

市場シェアについてだが、SONYのゲーム事業部門の売上高が1兆円弱、任天堂が5,000億円前後であり、北米でのPS2のシェアが60%~70%という記事を複数見たので、現在の(=wii登場前の)任天堂のシェアは3割前後なのではないか。

但し、ゲーム市場自体は飽和気味だとも言われる。これまでは、5年スパンぐらいで新しいハードが出て、それに伴ってソフトも進化し景気を促進してきたため、新しいコンソールが出る前は「買い控え」が起こるのが一般的だったようだ。(この構図は、MicrosoftがPC市場でやってきたことと同じように見える。つまり、ゲーム市場のプラットフォームリーダーはハードベンダーということなのだろう。)2006年に入ってから、特に北米では、古いコンソールの価格が下がったこともあり、PS2の人気が高く、買い控えが起こらないという事象が見られている(参考:Older Consoles Lift Game Publishers - WSJ.com)。確かに、任天堂やSONYのゲーム部門の売上高の推移を見ると、ここ10年ぐらいのスパンでゲームの市場は一旦停滞している。岩田社長のプレゼンでも、市場の飽和については指摘されている。 

もう一つ、ゲーム市場を考える際に重要なファクターだと思うのは、(他のコンテンツ産業と異なり、)ゲームは、圧倒的に輸出が強い産業であるという点だ。CESAの調査では、日本のゲームは、ハードウェアの81%、ソフトウェアの52%が海外市場向けであったと報告されている。それと、特にソフトに関して他のコンテンツ産業と比較したデータが平成18年度情報通信白書にあったので載せておく。(単位は億円)

また、任天堂のハード/ソフトの出荷ユニット数から見ても、ハードが76%、ソフトは79%が海外市場となっており、ゲーム会社の経営がグローバル化していることが伺える。(ちなみに、売上の3割が日本、残り7割が海外という構図はSONYやトヨタもほぼ同じである。)

●wiiが戦うのは他のゲーム機なのか?

wiiは「毎日ユーザーが電源を入れたくなる」「家族の皆が使う」サービスを目指すと謳っている。

ところで、そもそも、日本人はどれくらいゲームをするものなのだろうか。消費者の行動を示す幾つかのデータから読み解くと、

では、ゲームをしない人は、なぜゲームをしないのか。「ゲームをしない、しなくなった理由」は、「他にやりたいことや欲しいものがある」、「ゲームに対して興味・関心がない」、「ゲームをする時間がない」(以上、出典:CESA2006一般生活者調査)となっている。

  • 日本人のコンテンツ関連の年間支出(家庭当たり)は9万959円(2005年)だが、ゲームが占める割合はわずか3%に過ぎない。また、ゲームに対する支出は2000年をピークに減少傾向にある。
  • 生活時間で見ると、日本人の3次活動(睡眠・食事など生理的に必要な活動や、仕事や家事など義務的な活動を除いた、いわゆる「自由に使える時間」)は平均6時間26分。このうち、テレビや新聞等の受動的なメディアや休養に費やす時間は3時間53分、学習や趣味といった積極的に過ごす時間は1時間13分。

ここから推察すると、ゲームをする人はするが、しない人の方が多数派であり、また、ゲームソフトに対する支出も額は限定されているため、広い意味では、家庭当たり年間9万円の予算と、1人当たり一日6時間半の自由時間(タイムシェア)を巡る戦いである という言い方もできるかもしれない。そう考えると、これはゲームに限らず、インターネットサービスやその他の娯楽も含めての競争なのだが。

・・・ホントは、この後、任天堂の強みや狙い、ゲーム業界のバリューチェーンについて書こうと思っていたのだが、長くなったのでその辺りは次回へ続く。(思わせぶりですいません。。。)


ゲーム機は"IBM Inside"?

MercuryNews.com | 11/13/2006 | In video game consoles, IBM has been a clear winner

No matter whether Nintendo, Microsoft or Sony wins the video game console war, there already is one huge victor: IBM, which designed and makes the microprocessors for all three units.

IBM is expected to win about $3.7 billion in sales of chips and associated design services this year, up from $2.9 billion last year and $2.5 billion in 2004. Analysts estimate the unit is profitable.

But even those gains don't capture how much game chips have galvanized IBM.

Using the engineering consulting work it did for Microsoft, Nintendo and Sony as a model, IBM has formed a new ``technology collaboration solutions'' unit that's expected to post $4 billion in revenue this year. Internal projections call for that division to hit $10 billion by 2010 and $20 billion by 2015.

ゲーム機業界全体の規模が分からないけど、任天堂の全社売上が$4.3bぐらいらしいので(FY2006、同社IR情報による)、プロセッサだけで$3.7bというのは感覚的にけっこう大きそう。

IBMは、PC等コンピューターのモジュール化が起こった時に業界アーキテクトだったのに、MicrosoftとIntelにおいしいところを持って行かれ、相当悔しい思いをしたはずなので、今後プロセッサでどういう巻き返しを狙ってくるのか興味津々。面白い構図だ。

それにしても、任天堂のハードウェア(ゲーム機)が一番売れているのはお膝元の日本じゃなくてアメリカ(正確には「アメリカ大陸市場」だと思われる。カナダや南米も含めるって意味)だというのはちょっと意外だった。ソフトに至っては、ユニットベースで、Gameboy AdvancedとGameCubeは半分以上がアメリカ市場の売上になっている。NYTimesやWall Street Journalでも、大々的にゲーム機の特集を組んでいるのも納得。


書評:日本経済 競争力の構想―スピード時代に挑むモジュール化戦略

マイケル・ポーターの「日本の競争戦略 (Can Japan Compete?)」の要旨を一言でまとめると、日本企業には戦略がない、国際競争力がない。ということだと思う。(一部の産業を除いて、)日本企業は、どこに参入するか・しないかを自分で判断せず、既にある程度市場が立ち上がってきてから二番手で参入し、品質・オペレーションの改良を行なってシェアを奪う。デザインやコンセプトが他社製品の模倣になりがちで、オペレーションの優劣と価格だけの勝負になる、なのでマージンが薄い、というような批判をされている。

日本経済 競争力の構想」は、ポーターの論を受けて、本当に日本企業には戦略や国際競争力がないのか、その原因は何なのかを検証しつつ、今後の方向性を示している。

●日本には国際競争力はないのか?

結論から言うと、あんまり芳しくはない。この本では、スイスの名門ビジネススクールIMDの競争力ランキング(2002年度版)における順位を取り上げており、この本のソースになっている2002年は、日本は49か国中30位となっている。指標毎に見ていくと、特に、企業経営(49か国中41位)と起業家精神(49位)に対する評価が低い。

一般的に、企業のパフォーマンスを測るには、売上高や利益率といった経営指標を使う。しかし、国同士は市場を奪い合っているわけではないので、IMDのランキングでは、単純に経済成長率・GDPによる比較だけではなく、経済成長に対する各国の制度や政策、インフラ等、中長期的な繁栄に影響を与える要因によって評価している。

※もっと詳しく知りたい人は、IMDのWorld Competitiveness Yearbook "Factors and Criteria"をご参照ください。ちなみに、2006年のランキングでは日本は17位(前年度より4位アップ)、1位はアメリカ。

最も重要な経済指標としては、生産性(全要素生産性=Total Factor Productivity)の検証を行なっている。日本は80年代、90年代前半、90年代後半と、この20年間成長が鈍化し続けており、逆にアメリカは成長傾向にある。産業別にアメリカと比較してみると、自動車・機械はアメリカを上回り、サービス産業(電力・運輸・通信)は概して下回っている。ここから、著者は、サービス産業の生産性を上げるためには規制緩和が重要だと指摘している。但し、この本が書かれた後、ここに挙げられたアメリカのサービス産業は、経営危機に陥ったり、過度の市場原理の導入によってサービスレベルが低下したりといった反動も出てきているので、難しい問題だと思う。

また、特に製造業については、貿易額や国際市場におけるシェアをみているが、いずれも日本・日本企業の地位が相対的に低下しつつあることが説明されている。

●その理由は?

  • 研究開発投資額や特許件数 等、イノベーション活動は活発だが、生産性向上や商用化に必ずしも結び付いていない。また、企業による投資が中心で、政府・大学等の投資が小さい。
  • 海外企業・海外資本が参入する魅力が薄い・参入しづらい。(インフラコストの高さ、会計情報の信頼性、外国人取締役・株主が参加するための環境)結果として、対日直接投資が小さい。

●日本企業には戦略はないのか?

特にこの本の中で面白いと思ったのは、携帯電話・情報家電・PC・半導体といった、ハイテクに占める重要性・将来性が大きい分野について、該当分野に属す る企業の企画部門の部課長クラスに対して実施したアンケートの結果(ミドルの本音)である。詳細はぜひ同書をご覧いただくとして、要旨をまとめると、

  • マネジメント能力のある経営者が少ない。
  • 確かに、支援産業(サプライヤ等か?)が国内で隣接しているお蔭で重要部品・装置の入手は早いが、じゃあそれが次世代製品開発に役立っているか?というと、そこまでは活用できていない。
  • 企業目標に適合しない事業の廃止判断が遅い。
  • 横並び模倣競争になっている。
  • ハイテクセクターで働く誇り・思い入れは強い。

ということで、少なくともハイテクの上記4分野においては、日本企業には戦略がなく、オペレーション効率一辺倒の価格競争に陥っている と自覚されていることが分かった。私は3年前に「日本企業はSlowか?」というエントリを書いたことがあるのだが、感覚的だった割には結構当たってたな、とこの本を読んでみて思った。

●日本企業の「組織力」はどうなのか?

日本企業の特徴を揶揄した言い回しとして、「強い現場、弱いマネジメント」と言われることがある。この本では「組織IQ」として経済産業研究所で行なった調査について言及している。この調査は、同じ質問票で、シリコンバレー企業と日本企業のトップ・ミドル・現場にそれぞれアンケートを行なったもので、300人以上の回答に基づいている。対象は、上述のハイテク4分野+銀行である。結果はかなり厳しい。まとめると、

  • 日本企業は、方針の明確化、それに基づくチームとしてのベクトル合わせ、それに合わせた組織の創造力、新規プロジェクト立上げサポート等、内部調整・資源調整力には優れている。
  • 組織内部における情報共有力は弱い。トップの外部情報に対するアンテナ・意欲は高く、ミドルもそこそこ頑張っているが、現場は「タコツボ」化しており、日々の仕事で精一杯で外部の大局的動向どころではない。ナレッジや情報を部門横断的に共有しようという意欲に欠けている。→個人的な実感と非常に近くて、激しく納得した。
  • トップは「自社の意思決定は迅速だ」と思っているが、変化のスピードや実情を良く知るミドル・現場からは「ちんたらしている」と思われている。権限委譲が不十分である。
  • 組織としてのフォーカスはできているが、個人の意欲やヤル気は抑圧されている。
  • 組織IQは、企業によって相当差がある。トップ1/3はシリコンバレーと比べて遜色ない。

あまりに厳しいのでちょっと擁護してあげたい、というわけではないが、組織は大きくなればなるほど(一般的には)階層化・官僚組織化していくものなので、トップとミドル、現場の乖離度合いは、組織規模によって差が出るのではないかと思う。そういう意味で、アンケート対象となった日本企業をシリコンバレー企業とダイレクトに比べるべきかどうか、という点は個人的には気になった。

●では、どうすれば良いのか?

四つのキーワードが挙げられている。

  1. モジュール化
  2. ベンチャー
  3. 技術ロードマップ
  4. 技術マーケティング

これら4つは、相互依存的な関係があるように思う。例として取り上げられていたのは、またしてもIBMのシステム/360である。モジュール化とは何か?(1つめのキーワード)なぜモジュール化がベンチャー参入を促し、業界全体を活性化させるのか?(2つめのキーワード)については、コンピュータ業界に訪れた転換点とはや、コンピュータ業界でモジュール化が成功した幾つかの理由でご紹介したので、興味のある方はご参照下さい。

コンピュータアーキテクチャーのモジュール化で主導的な役割を果たしたIBMの意思決定を見ていくと、

  • 業界全体に何らかの課題があり、それを解決するためにはもっと技術革新の速度を上げなければならない。しかし、それら全ての技術要素・部品の開発を自社内だけで行なうには時間が足りない(=技術ロードマップ)
  • よって、どのように要素分解を行なうか、自社はどこにフォーカスし、いつまでに何を作るかと、自社開発しない部分を、どこから、どのように調達すべきかを調べ、決定する(=技術マーケティング)

モジュールというアーキテクチャーが適合的かどうかは製品によるが、ハイテク分野で世界トップの企業と戦って行くためには、このような意思決定プロセス、そのための情報収集・分析機能、アウトソーシング戦略の立案と遂行能力が必要だということになる。世界トップクラスのハイテク企業では、3週間に一度、社長自らがロードマップの確認・修正を行なっているのだそうだ。果たして日本企業はそれができているだろうか?というのが著者の問いである。アンケート回答のように、「企画部門の仕事は社長や経営陣の講演資料を作ること」「タテ人脈のヨコ調整」というのでは、何とも心許ない。

●日本のベンチャー起業の現状

これに加えて、では、ベンチャー起業という視点から見るとどうか?だが、世界各国の開業率・廃業率に関するデータによると、日本は90年代以降、廃業が開業を上回っている。加えて、OECDのベンチャー投資額の対GDP比は、日本は最下位となっている。従って、お世辞にもベンチャー起業が活発な状況だとは言えない。

良いか悪いかは別として、近年ますます競争は激化しており、企業の生き残りは厳しくなっている。現代では、日米共に、15年間以上株式市場で並外れたパフォーマンスをあげ続けた会社はないほど、企業の入れ替わりは激しくなっている。この環境下で、新しい企業が参入していないというのは、中長期で見た場合、経済成長が停滞するリスクがある と考えるのが自然だろう。

もう一つ、本に出ているのとは別のデータを追加しておくと、スタンダード&プアーズ500銘柄に対して、長期的に安定した成長を続ける能力があるかどうかという観点で評価すると、1985年では、41%がローリスク(つまり、安定的な成長を続ける可能性が高い)、35%がハイリスク(今後は成長が見込めない可能性が高い)とされていたが、2006年ではローリスクな銘柄は17%まで低下し、変わって、ハイリスク銘柄の割合が何と73%にのぼっている。(Managing in Chaos, Fortune 10/2/06)

つまり、一旦成功した会社がそのポジションに留まり続けるのが難しくなってきている、と解釈できる。

なので、日本が競争力を取り戻すための結論としては、もっと個人がモチベーションを持ちうる組織や社会の仕組みが必要だ。ということなのだろうと思う。

結論としては、ポーターとそれほど大きく違っているわけではないのだが、なぜこの本が説得力があるかというと、世間一般では感覚的に語られがちなテーマを、ここまで踏み込んだ検証・分析を行なっているという点なのだろう。ポリシーメーカーの方々や、ハイテク産業の会社経営者、悩めるミドル・現場の方々にオススメしたい本です。


GoogleとYouTubeは既存ビジネスの破壊者なのか?

週末、Emerging Technology研究会に参加して、色々な議論を聞いて、Google/YouTubeがもたらしうる「破壊と創造」についてあれこれ考えさせられた。中でも、著作権のあり方が変わるのではないか?という意見があったので、これについて少し考えてみたい。

私自身の著作権に対する考え方は、コモディティ化が進む経済(オンライン音楽販売に考える)というエントリを書いた時から、変わっていない。著作権というのは、その立法趣旨に鑑みても、創作者に対価をきちんと還元する仕組みによって創作活動(と創作物を公開すること)に対するインセンティブを高め、文化を振興するためにある。

と書くと何だか高尚っぽいが、卑近な例で言うと、私の場合、会社で日中働いてお給料をもらって生活してるので、本業以外のことを勉強して書き綴る趣味のブログはなかなか頻繁に更新できないなぁ、みたいな嘆きみたいなものだろうか。

話を戻すと、なぜ本を丸ごとコピーしてそれを配るのが違法なのか?というと、その情報を入手・保持することへの対価を著者に還元するための手段が、紙という媒体を売買することで担保されているからであって、もしそれ以外の方法が担保されたら、著作権法によって禁止される行為は現実世界に合わせて変化していくべきなのだ。レンタルレコード・CDという商売が登場して、「レコードを他人にお金を取って貸す場合は著作権者にお金を払うようにね」という条項が追加されたのと同様に。

そして、CDやDVDといった物理的な媒体ではなく、インターネットを通じて音楽・映像データそのものをやり取りするという動きを止めること、完全にコピー不可能なファイルを作ることはもはや無理だろう。一旦便利な方法に味を占めたユーザーは、不便で不経済な方法に逆戻りはしない。デジタルファイルはコピーされるものだという前提に立つこと(プロテクションを掛けることはできるが、ウィルスと同様ハッキング技術とのイタチゴッコだろう)、「ユーザーから直接対価を回収する」以外の方法を模索することが現実的なアプローチではないかと思う。

●CD業界では何が起こったか

ちょっと回りくどいかもしれないが、まず、映像配信の一歩手前で、音楽配信技術・ビジネスは、既存のCD業界にどういう影響を与えたのか、アメリカでの事例を見ていきたい。

RIAA (Recording Industry Assiciation of America) によると、CDの平均単価は1983年から1996年に掛けて40%下落しており、96年時点の平均単価は$12.75。これがもし、同期間の消費者物価指数と同様伸びていたとしたら、$33.86になるそうだ。そして、CD業界も大多数の商品は大赤字で、儲かる商品はごく一部 ― 黒字化するのは1割以下の商品とのことだ。やはりというか、相当ロングテールなんですね。

Between 1983 and 1996, the average price of a CD fell by more than 40%.  Over this same period of time, consumer prices (measured by the Consumer Price Index, or CPI) rose nearly 60%. If CD prices had risen at the same rate as consumer prices over this period, the average retail price of a CD in 1996 would have been $33.86 instead of $12.75.

また、業界全体の売上高を1995~2005年の10年間でみると、(注:PDFファイルが開きます)1999年の$14,584.7 million をピークに、2003年まで下落し、デジタル音楽が市場としてカウントされるようになった2004年から若干盛り返している。1999年と言えば、Napsterが発表された年であり、2003年と言えば、デジタル音楽がビジネスとして成功したiTunes Music Storeが始まった年に当たる。2005年は、2004年よりも業界全体の売上高は若干下落しているが、ユニット数はこの10年間で最大に増加している。それから、デジタル音楽の市場が全体に占める割合は、金額ベースでは4.1%だが、ユニットベースでは29.4%に達している。もう一つ興味深いのは、モバイル市場($421.6 million)が通常のインターネットでのダウンロード($503.6 million)に匹敵する勢いだということ。

つまり、アメリカのデジタル音楽市場(PC+携帯)は1千億円市場(日本円換算するのはちょっとヘンだけど)なのだ。

確かに、CDの単価は下落したし、違法コピーされた音楽ファイル数は合法的に購入されたものの何倍にもなるだろう。でも、トータルで見たら、業界全体はピーク時の84%程度には維持されている。そして、以前よりも多くの音楽が売れるようになっている。

これを見て、音楽配信技術は、従来のCDビジネスを単純に「破壊した」と言えるのだろうか?

●では、YouTubeはどのようなインパクトをもたらすのか

たぶん、(Googleによる買収前も今も、)訴訟リスクはYouTubeにとって最大のリスクファクターの一つだろう。
でも、それと同時に、YouTubeは面白い。可能性がある、と思う。

映画コンテンツなんかは、無償で全部アップロードされちゃうと辛いかもしれないが、それこそ素人が作ったコンテンツや、これまで超ローカルでしかリーチのな かった中小プロダクションのコンテンツ等、YouTubeがなかったらあんまり人に見てもらうチャンスがなかったゾーンにとっては、そもそも元の市場価値がゼロだったわけなので、ほんのちょっとでも金銭になればそれはそれで嬉しいことのような気もする。

ダンナも書いていたが、従来メディアがそれなりに流して作ったコンテンツより、素人が作ったコンテンツのほうが(瞬間最大風速的かもしれないが)人気を集めてしまったり、大量の「寒いコンテンツ」(Masa 33さんの図表は最高に分かりやすい)の中から未来の星が発掘されたり、あと、従来メディアが作ったコンテンツのコピーの中でも、例えば、30分の番組の中で、皆が最も面白いと思ったのはどの瞬間だったのか、ユーザーによる編集結果や閲覧数を見れば、瞬間視聴率なんかはむちゃくちゃ低コストで測定できそうだ。

アップロードされたコンテンツのコピーされ度合い・閲覧度合い、といった、従来とは全く逆の発想で、それに応じてお金に変換してユーザーに還元する方法も色々ありそうだ。その辺は、ダンナが詳しく書いていたのでそちらに譲りたい。

また、ET研でも一瞬話題になったが、なんと、アメリカの4大レコード会社のうち3社が、Googleへの売却直前にYouTubeの株を貰ったそうだ。その額はおよそ$50 millionらしい。Music Companies Grab a Share of the YouTube Sale, NYTimes, 10/19/2006)

金持ちケンカせずというか、Napsterとの訴訟騒動を通じて「割に合わん」と学んだのかは分からないが、一体どうやってこの$50 millionという額を算定したのかが気になる。合法オンラインダウンロード市場の1/10近い額なので、まーよっぽど違法アップロードが多いと言うことだろうか。。。。NYTimesの続報に期待したい。いずれにせよ、既存メディアがYouTubeの株主になっているというのは面白い構図である。


ソフトウェア業界の現実(の一側面)

前回、何のコメントもせずにイキナリ紹介したIDCのデータ(グローバルIT市場では、サービスが4割、パッケージソフトウェアが2割)だが、私はこれを見た時、パッケージソフトウェアの市場規模ってこんなに大きいのか!と意外に感じた。

これまでハッキリ書いたことがなかったが、ソフトウェア業界について私は幾つか仮説を持っている。

  1. 実はパッケージソフトウェアによってカバーされている領域はまだまだ限定的で、企業が使っているソフトウェアの多くはカスタムメイド(システムインテグレーションサービス)に依存しているのではないか。
  2. そして、パッケージソフトウェアの市場というのは、「以前はカスタムメイドだったものの標準化・テンプレート化」の繰り返しによって成長してきたのではないか。
  3. 今後も、パッケージソフトウェアは増加するだろうが、カスタムメイドの領域はなくならない。なぜならば、パッケージソフトウェアを使うということは、(厳密には違うのだが、極端に言い切ってしまえば)「他社と同じプロセス」ということだから。企業には必ず固有・独自のプロセスがあり、それが差別化・競争力の源泉のはず。
  4. 但し、逆に言えば、「今は単に標準化できるかどうかが分かっていないが故にみんなバラバラに作っているが、実は標準化できる領域」「企業固有のプロセスで、自分のコアコンピタンスだ、と思っている領域も、実はそんなに特別ではなくて標準化しても問題ない領域」というのも、まだまだ残っているのではないか。

ソフトウェアでベンチャー企業というと、みんな昨今はGoogleのような、広く世間一般の人に使ってもらえるものを想像するが、マイケル・クスマノ「ソフトウエア企業の競争戦略」では、ベンチャー企業へのアドバイスとして、企業向け(特定業界・特定業務の)パッケージソフトウェアを、サービスと組み合わせて売って行くのが現実解だろう、と結論付けている。(※この本の私のレビューはこちら

Software Magazineの"Software 500"(クスマノも本に参考資料として載せていた)を眺めると、幾つか興味深いことに気づいた。(そのうち気が向けばグラフを載せますが、気になる方はソースを見てみてください。会員登録すれば無料で見れます。表形式なので英語もそんなにないし)

  • ソフトウェア業界も、おそらくものすごいロングテールである。企業全体の売上高で見るとIBMとhpだけが突出して大きく、3位のMicrosoftの2倍以上になる。また、ソフトウェア+サービスの売上高に限ると、2位のMicrosoftは1位のIBM(注:IBMはグローバルサービスの売上高が大きいため、純粋にパッケージソフトだけではない)の半分の規模で、3位のOracle及び僅差で4位のSAPは、2位のMicrosoftの1/3。それから、ソフトウェア+サービスの売上高が$10 billionを超えているのは上位7社のみ。その後は、32位で$1 billion台($2 billion以下)まで下がり、60位以下は$1 billion未満。91位以下は$500 million未満(※1)
  • パッケージソフトウェア主体の会社よりも、コンサルティング・システムインテグレーション主体の会社のほうが多そうだ。上位50社でパッケージソフトウェアを売っている会社は16社程度(※2)だった。Microsoft(2位、$33b)、Oracle(7位、$10b)、SAP(9位、 $9.3b)、Sungard Data Systems, Inc(24位、$3.5b)、Avaya(25位、$3.5b)、Google(29位、$3.2b)Symantec(32位、$1.9b)、Amdoc(33位、$1.8b)、Intuit(35位, $1.7b)、Adobe(37位, $1.7b)、SAS(39位, $1.5b)、Siebel(42位, $1.3b)、Compuware(43位、$1.3b)、The Sage Group PLC(46位, $1.2b)、Acxiom(48位, $1.2b)、Novel(50位, $1.2b)
  • パッケージソフトウェアの大半は、大企業がターゲット顧客である。逆に、個人向け・中小企業向けがある程度の割合に達していると思われるのは、Microsoft、Google、Symantec、Intuit、Adobeぐらいだろうか。それ以外の会社は、最近は中小企業向けを謳っているところもあるが、実体はどうかは分からない。

これを見ると、クスマノが「コンシューマー向けの事業は難しい」というのも激しく肯ける。だからこそ、成功した時の見返りが大きいのだが。(※3)

そんなわけで、仮説1については、このランキングを見た限りでは、大体合っているように思う。仮説2については、以前、パッケージソフトウェア業界(主にOracle)で多少触れたが、特に企業向けの業務アプリケーションの分野では、あるパッケージベンダで働いている人がスピンアウトするパターンが多いことから、起業のパターンとして、「従来製品では対応できておらず、かつ多数の顧客にある程度共通している課題を見つけ、そこをカバーする新しい製品を売り出す」という構図が想像できるので、これもそんなに大きくずれてはいないように(勝手に)思っている。

残るは仮説3だが、これは、正直、2年以上前から気になってるけどまだ全然手が付いていないなぁ。。。。と思うので、追求の仕方はちょっと考えよう。

繰り返しになるが、全てをパッケージ化するのは無理だろうが、パッケージ化できる領域はまだたくさん残されているし、カスタムメイドのソフトウェアもパッケージも、今後もっと増えて行くだろう、と私は思っている。そもそも、世界には、まだコンピューター化されていない分野・コンピューターを使っていない人のほうが多いのだから。(これはクスマノの結論でもあるが。)

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