アドバイスの聞き方 (SHIHOスタイル)

実は先週、休暇で日本に一時帰国していました。

期間が短いので、残念ながら、あんまりたくさんの人とは会えなかったのですが、その中の1人からいただいた本が「SHIHOスタイル

モデルさんって、一体どういう生活をして、どういう仕事なのか、実はあんまりよく知らなかったのですが、よく考えてみたら分野は違っても、同年代の働く女性なので、その言葉には共感するところがたくさんありました。


  • オーディションに通るコツは、ある。
  • 何かがダメなのは、自分に「足りないもの」があるからである。
  • モデルの「華」は、その人が自分の考えを持っているかどうか、どういう生き方をしているかで決まる。
  • 撮影(仕事場)の雰囲気が良くなるように気を付ける。

その可愛くて明るい笑顔で同性に支持される彼女も、かつては、その「普通っぽさ」がコンプレックスで、外国人モデルに憧れ「もっとお洒落な、ファッションっぽい仕事がしたい」と、スランプに陥ったそうです。事務所を変わる覚悟で社長に直談判までした彼女は、持ち前の可愛らしさ以外の武器を身に付けないと次のステージにはいけない、という社長の厳しい指摘にめげることなく、自らの魅力―自分の「引き出し」の再定義に挑んだのでした。

宣伝用の写真を撮り直す。やりたい雑誌社に顔見せにいく。カメラマンに挨拶にいく。オーディションに応募する。「どの服を、どういうシチュエーションで着た時、どういうポーズ、どういう服の見せ方をすれば、服が生きるか」を考えながら雑誌を読む。

彼女の職業を、自分の肉体とファッションを通じて、ライフスタイルを表現・提案することである と定義するなら、文章や情報、具体的な製品を通じて、新しいライフスタイルを提案する、マーケターの仕事と、根っこのところでは共通するところがたくさんあります。自分の「引き出し」にするつもりで雑誌を読む、などというのは、まさにその通り。

印象に残ったのは、著者・中谷彰宏が分析する、SHIHOさんの魅力の秘密の一つは「吸収力」である、ということでした。

周りにいる、色々な人が、それぞれの価値観で、色々なことを言うけれど、「社長は、いつもいいこと言う」「社長に言われたことは、まずは1度は試してみる」そして、自分の体験にひきつけて、自分のモノとして語れる、というのは、アドバイスを聞く力を持っている、ということなのだろうと思います。

これは、簡単なようでいて、とても難しいことです。

良薬は口に苦し、というように、得てして、真実を突いた言葉ほど、耳に逆らうからです。
私から見て、アドバイスを聞く力を持っている人は、自分の力―足りているところ、足りないところ―を理解し、足りないところを、どうやって伸ばそうか、と常日頃から考えている人 だと思います。

昔の上司に、成果物を他の人のと比較されて、思わず膨れてしまったことがあるのですが、その時に、「成長し続けたいなら、自分より優れたものを持っている人に出会ったら、その人の得意技をどんどん盗み取れ」と叱咤激励され、はっと目が覚めたことがあります。完璧な人なんていないのだから、成長するには常に学び続けなければならないし、自分の足りないところを指摘されたぐらいでいちいちヘコんでいては身が持ちません。

「アドバイスの聞き方」と対になる話として、他人に受け容れられやすい「アドバイスの言い方」についても、色々考えさせられた本でしたが、「言い方」については、またいずれ。

この本は、仕事と恋愛のバランスに悩んでいる働く女性や、そういう悩みを持つ女性を彼女・奥さんに持つ男性、モデルや向上心ある女性と付き合ってみたいが、そういう彼女が何を考えているのか知りたい、という男性にもオススメです。

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沼上幹「組織戦略の考え方」

沼上幹「組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために

この方のお名前はよく見掛けていたのですが著書を読んだのは初めてです。
なので、他の本については分かりませんが、(私にとっては)読み易い文体でした。表現が平易かつシンプルで力強さがあり、たとえがありふれていないのに納得感が高かったです。まぁ、何より、内容に対して「あるある」度が高かったからなのでしょう。

まず目次だけ読んでも「おぉ!」と読みたくなること請け合い(私はそうでした)なのでとりあえず目次と、各章の簡単なまとめ(私のメモですが)を付けます。

◆目次と各章のサマリ

     

  • 第1章 組織設計の基本は官僚制

    「官僚制」という言葉はどうも最近世間では旗色が悪いネガティブなイメージで語られがちだが、実は会社を支える基本・足腰。ルーチンワークを確実に遂行できる人たちがいなければ会社は成り立たない
     
  • 第2章 ボトルネックへの注目

    「ザ・ゴール」の「ボトルネック」の概念を組織の意思決定に適用している。仕事のできる人に仕事が集中しがちなので、そこが組織のボトルネックになる。その人でなければできない仕事以外はなるべく他の人に担当させ、エースのリソースを無駄にするな
     
  • 第3章 組織デザインは万能薬ではない

    「うちの組織はメチャクチャだ」「マトリックス組織万能論」に対して、問題を解決するのは組織設計ではなく最後は人だ、と一刀両断
     
  • 第4章 欲求階層説の誤用

    マズローの5段階の欲求階層説―「最後に人間がたどり着くのは自己実現欲求」だけが強調されすぎると、その一歩手前にある「承認・尊厳欲求」が軽視されるのが問題である。「自己実現という美しい言葉」は、会社にとって安上がり(ポスト・賃金を与える必要もなく、個々人が勝手に自己実現し続けてくれれば良いから)であり、金もポストもなくても、多くの手段がある
     
  • 第5章 組織の中のフリーライダー

    「厄介者」「怖い大人」という概念を用いて説明。「信頼できる中間層」をいかにして確保するか
     
  • 第6章 決断不足

    組織が安定してくると「落としどころ感知器」としての能力の高い人が登用される傾向がある。トップが決断できない組織は、どのような特徴を持ってくるか(①フルライン、フルスペック要求 ②経営改革検討委員会の増殖 ③人材育成プログラムの提案 は、どれもトップが決断できないがゆえに起こる)
     
  • 第7章 トラの権力、キツネの権力

    組織の実力者を「トラ」その威を借り、自分に都合の良い方向に意思決定を捻じ曲げる「キツネ」、キツネの権力を作らないためには、社内調整専門のポストを作るべきではない
     
  • 第8章 奇妙な権力の生まれる瞬間

    「宦官」の台頭を許さないために、「ウチ向きマネジメント」を昇進の評価基準にすべきではない
     
  • 第9章 組織腐敗のメカニズム

     
  • 第10章 組織腐敗の診断と処方

9&10章はとりわけ面白かったので、下に改めてまとめます。

「組織の寿命は30年」という言葉が80年代にはやったそうですが(当時私は義務教育中なので伝聞形)、30年という数字の妥当性はともかく、年数が経つとほうっておけば組織は腐るものだ(その傾向が強い)というのに異論のある人は少ないでしょう。ここでは、組織が腐って行くメカニズムを2つのキーワードで説明しています。

     

  1. ルールの複雑怪奇化

    古いルールや手続きを廃棄処分にして新しいルールを作る新陳代謝が起こりにくく、古いものの上に新しい物が追加的に加わるため、古い組織ほど複雑怪奇なルールを持つ。「ルールの抜け道」「運用」のプロ、すなわち社内宦官が権力を持つようになり、外からお金を稼いでくる「武闘派」の足を引っ張り、若手が徐々に宦官化していく
     
  2. 成熟事業部の暇

    成熟事業部ではみんなが仕事に慣れてきているので仕事遂行能力が余っている。その余った時間で内向きの無用な仕事(ムダに社内用の企画書・プレゼン資料に凝りはじめる、他人の資料にケチを付ける能力の洗練とそれをかいくぐるための根回し労力の増加、秀才が暇を持て余し本来必要ではない細かなスペック変更が行われる)が次々と生み出される

◆組織の「腐敗度」チェック指標

皆がどれだけ暇で、暇がどれだけ内向きの仕事に費やされているかをチェックする指標であり、以下の2つが挙げられています。

     

  1. 社内手続きと事業分析のバランス

    新規事業開発の企画を正当化するのに、事業内容の検討と、社内正当化プロセス(稟議)に費やす時間の割合 -- 社内からの批判の対処に4割時間を取られているようなら病気
     
  2. スタッフたちのコトバ遊び

    ①社員の雑談の内容が内向きか、外向きか -- 管理職・経営陣の仲の良さ悪さに関する感情論や、当事者が傷つくといった配慮論(内向き)か、最近調子の良い社内の新事業はなぜ成功しているのか、逆に失敗した事業はどこがダメだったのか(外向き) ②本社戦略スタッフの企画がメタファーを多用したコトバ遊び -- 戦略実行の現場をイメージできない空理空論 -- になっていないかどうか

◆腐敗からの回復

組織の問題は、最悪の事態に至るまで、なかなか必要な手立てが打てないのが難しいところですが、腐った組織を復活させるためのポイントが、3つ挙げられています。

     
  1. 複雑怪奇化したルール・手続きは全面的に破壊
     
  2. 成熟事業部から優秀な若手を乱暴に引き抜き、新規事業等、外向きの意識になる仕事へつける
     
  3. 忙しさと暇のメリハリをハッキリつける組織運営 -- 最初のステップとして、仕事ができる人を暇にすると、新事業開発や省力化など利益に直結する新しい仕事を考案できるようになる

以下は雑感・オマケなので興味のある方だけどうぞ。

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小熊英二「単一民族神話の起源」

最近、更新が遅くてすみません。「シリコンバレー在住日本人女性blog」と言ってくださる方もいるんですが、なにぶん私が勤めているのは日本企業なもので、ご多分に漏れず、年度末進行でバタバタしておりまして…。そんなわけで、寝る前に枕元に積んである本を少しずつ読み進めるのがblog更新の原動力となっている今日この頃です。

今日のブックレビューは、小熊英二「単一民族神話の起源 <日本人>の自画像の系譜」

最初に勘違いがないように念のために説明して置きますと、この本は、「日本人は本当に単一民族なのかどうか」を検証しているわけではなく、「日本人自身は、自分たちのルーツをどう考えていたのか。単一民族神話は、いつ・なぜ・どのように生まれたのか」 日本民族のアイデンティティに関する学説を検証したものです。

ずっと単一民族神話がメインストリームだったと思っていたものですから、この本の1行目から引き込まれました。あまりに驚いたので、ちょっと長くなりますが引用しますと、

「大日本帝国は単一民族の国家でもなく、民主主義の国でもない。否、日本はその建国以来単純な民族主義の国ではない。われわれの遠い祖先が或はツングウスであり、蒙古人であり、インドネシア人であり、ネグリイトであることも学者の等しく承認してゐるところであるし…帰化人のいかに多かったかを知ることができるし、日本は諸民族をその内部に取り入れ、相互に混血し、融合し、かくして学者の所謂現代日本民族が生成されたのである。」

「日本民族はもと単一民族として成立したものではない。上代においていはゆる先住民族や大陸方面からの帰化人がこれに混融同化し、皇化の下に同一民族たる強い信念を培はれて形成せられたものである。」

この2つの文章は、いずれも太平洋戦争中の1942年に発表されたものである。前者は総合雑誌の巻頭時評で、後者は文部省社会教育局が発行した本の一部だった。

ザックリと結論から言いますと、大日本帝国時代にアジア侵攻を正当化していた時には混合民族論-外部のものを取り込むことをよしとし、混血だからこそ日本人は強くて優秀なのである、という説-が主流になっていたようです。よって、単一民族論が主流になったのは敗戦後のこと。敗戦による国際関係への自信の喪失や「争いごと・面倒に巻き込まれるのはごめんだ」と、一国平和主義が強まり、自らの殻を閉じて内にこもる時には、「日本はずっと異民族抗争などのない農業民の平和な国家であり続けた」と自分に言い聞かせた、というように、日本人の自画像は国際社会に対するその時代の日本人の心理をダイレクトに反映したもののようです。要は、自己の都合の良いように、歴史と共に揺れ動いてきた、とというのが小熊教授の結論でした。

というわけで、日本は単一民族国家である、という人が何となく多くなったのは、たったここ50年ぐらいのことなんですねぇ。全然知りませんでした。(というか、自分が学校でどういう風に教わったかもう覚えていない…)

その他、私がこの本で面白いなぁ、と思ったのは、日本人の「民族意識」を、血の継続より「名前」の存続を重視する「イエ」制度と結びつけて考察しているところでした。

例えば、韓国では、結婚しても夫婦の姓は別々のままで、「○○さんの奥さん」であることよりも「△△さんの娘」であること、血のつながりの方が社会的に重要視されているけれど、日本では、ぜんぜん血が繋がってなくても養子になってそこの家の姓を名乗れば家族だし、「嫁」というのも、同じ姓を名乗って家族の仲間入りをしている制度です。しかも、中国では、血が繋がっている兄弟は、親が死んだら均等に財産を受け継ぐ権利があるそうですが、日本では、以前は、長男が全てを相続することになっていました。つまり、イエの中には序列があり、名前を改めれば仲間には入れるが、決して弟が兄を追い抜かすことはできないのです。そうでなければ、同化した外部の人は平等な日本人になるはずですが、この「イエ感覚」と同じノリが日韓併合の際にも引き継がれたため、内地と外地の間では序列が存在したのだと。

では、なぜこれほどまでに今日の日本に「単一民族神話」が強く定着したのか?

小熊氏は、「植民地化や分割はされなかったものの、世界規模の大帝国を築けるほどの先進国でもなかったという、この百年ほどの国際的条件」が、他の国に比べて均質性が高くなった最大の要因だと分析しています。

混合民族論を声高に主張し、アジアに侵攻し、朝鮮半島や台湾を支配した時代の反動から、過去の失敗に対して目を閉じ、単一民族論に逃げ込んだ日本人に対する小熊氏の提言は、「神話からの脱却」、つまり、自分は○○人だから他の民族より偉い、だから無条件に攻撃して良い、というような現実逃避をやめ、自分と異なるものと向き合い、理解する努力を続ける強さが必要だ、というものです。

今日の私達が「日本の常識」だと思いがちのことの大半は、実はけっこう高度成長以降でしか当てはまらないことだったりするよなぁ、と、改めて感じると共に、単純に、

歴史って面白い

そんなわけで、テーマも構成も骨太で、ぐいぐい読ませるこの本、私としては大変面白かったです。ここには書きませんでしたが、色んな学者(論者)が、なぜその説に至ったのか、といったところまで描いてあって、学者な方が読んでも面白いのでは。惜しむらくは、(おそらく小熊氏の学者魂・事実考証に賭ける熱い思いのなせる技なのでしょうが)裏づけや根拠のない単一民族論者に対して、若干感情的批判が強いように感じたところです。しかしながら、これが小熊氏の修士論文だと聞いて、その重量感に改めて感服したことを添えておきます。

やっぱり、「《民主》と《愛国》」もほしいなぁ…。

でもまぁ、2000年以上も外部からの混血がないだなんて、客観的に考えてもそれはないだろう、と思うし、弥生時代の渡来人やアイヌ民族の存在に加えて、太平洋戦争中に朝鮮半島から強制連行された人々の子孫(現在も特別永住者として50万人近くが存在:法務省の統計)が今も日本にいるのですから、どう考えても、純粋な単一民族ではありえないと私も思います。

以下は、私の深読みしすぎかもしれませんが、

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いま私が読んでいる本

随分たくさんの本が机に積みあがっているのだけれど、それぞれ、読もうと思った理由もあるし、裏にある課題意識は一つに結ばれているような気がしています。「なぜ読むのか」「そこから何を得たいのか」自分の頭をスッキリさせる意味でも、リストを以下に列記しておきます。

まず、今日の勉強に繋がる発端は、JTPAのイベントでの東恵美子さんのコメント:M&Aの成功を測る指標は、株価がいかに上がったかであり、Wall Streetは「遅くとも1年以内に成果が出るかどうか」で判断する でした。今日の企業経営に対して投資家が大きな影響力を持っていること、短期間でリターンが得られることが重要になっていること、を感じると共に、

企業組織が長く続かなければいけないという前提は正しいのか?そもそも今日の企業の寿命はどれくらいなのか?企業統治の理想的なあり方とは?

と考えるようになりました。

そこで、史上最大の版図と1,000年以上の寿命を保ったローマ帝国はなぜ巨大になり、そして滅びたか にヒントがあるのではないか、と、エドワード・ギボン「新訳ローマ帝国衰亡史」を読んだりしました。(参考:私のギボンレビュー)90年代後半以降、米国企業の生産性は急激に伸びていますが、反面、労働時間は短くなり、失業率も下がらない、Jobless Recovery 現象が注目を浴びていることに、ローマ帝国爛熟時代の「パンと見世物」を連想したこともあります。「アメリカはこれからどうなるのか」もギボンを読んだ理由の一つでした。

ローマ帝国が滅びた直接的な理由は、イスラム勢力に敗北したからですが、では、今日の成功した企業にとってのイスラムは何なのか? クレイトン・クリステンセン「イノベーションのジレンマ」では、優れた企業が失敗する理由を「破壊的イノベーション」という概念を用いて鮮やかに切り取って見せました。(参考:私の「イノベーションのジレンマ」レビュー

クレイトン・クリステンセン「イノベーションへの解」

ある製品や技術が、顧客の求める性能・品質を上回った時、破壊的イノベーションは起こる、というのがクリステンセンの発見した法則ですが、同時に、破壊的技術は、実は既存の成功企業の中から生まれてきていることも指摘されています。では、どうすれば従来のリーダー企業は破壊的技術がもたらす市場の変化にキャッチアップすることができるのか?と誰もが抱く疑問に対して、破壊的イノベーターとして成功した企業の観察に基づいた法則が描かれているようです。

また、ソフトウェア産業は、まだ品質の保証という点で課題が多い、といわれ、品質の改善という点では自動車産業に見習う点が多い、という記事を紹介したことがありますが(参考:Make Software More Reliable)、ソフトウェアと自動車は、製品の設計思想(アーキテクチャ)が異なるとの鋭い指摘をSWさんから頂きました。実際、異なるアーキテクチャの製品市場で成功するためには異なる組織能力が必要とされるという議論が、今日 経済学や経営学で脚光を浴びているとのこと(経済学者の友人の談)。ソフトウェアは、モジュール(もしくは部品)間のインターフェースが公開され、相互の独立性の高い「モジュラー型」、自動車は部品間の依存度が高く、サプライヤ・機能間の摺り合わせが全体としての高性能・高品質を実現する「インテグラル型」とされているそうですが、このモジュラリティ概念をもう少し掘り下げて勉強したいと思い、以下の2冊を読んでいます。

R・ボワイエ、P-F・スイリ 編「脱グローバリズム宣言」
青木昌彦・安藤晴彦 編著「モジュール化」

私はSIerに勤務しているので、IT業界の今後が気になることは言うまでもありませんが、色々な産業のクライアントに対して調査レポートを書くような仕事もしております。ですので、他の産業にも関心があります。そこで、

Boutellier, Gassmann, von Zedtwitz "Managing Global Innovation"
藤本隆宏「能力構築競争」「成功する製品開発」

特に、日本企業が強みとする自動車製造企業がなぜ成功したのか、その他の産業では何がカギなのかについてHi-levelの知識と示唆が得られればと思っています。

それから、(これは特に私が外国に住んでいるから強く感じることかもしれませんが、) 日本人とアメリカ人や中国人では何かが違う、ということです。留学や駐在を通じて、私自身が勤める会社の採用活動に関わったときに、日本の大企業に勤めるような新卒学生は極めて均質性が高い(アメリカに比べると)ということが分かるようになりました。日本が単一民族国家である、という認識は間違っていることを理解してはいますが、日本は「均質性が高い」「単一民族国家だ」と何となく思っている人が多いのはなぜか、いつからなのか、そもそも日本人とは何なのか、と考えるようになりました。イラク戦争に対する自衛隊派遣のニュースにも、日本人として色々感じるところがありました。

小熊英二「単一民族神話の起源」

これもまだ読んでいる途中ですが、日韓併合やアジア侵略を正当化するロジックとして、「日本と朝鮮半島は元々民族として同じである」「日本は多民族混血だから強いのである」とされていたそうで、自分が受けてきた歴史教育では全く触れられていなかった事実に驚くばかりです。

その他には、経営論や組織論を勉強するのであれば、なぜそのような理論が登場するようになったか、背景や、前後の文脈を理解する上で歴史を勉強すると良い、とのアドバイスを黄昏さんから頂いたので、

スチュアート・クレイナー「マネジメントの世紀 1901-2000」

こちらはサラッと流し読みですが、前後関係が理解できるとかなり頭がスッキリしますし、それぞれ、同時代のエクセレント・カンパニーがどこだったか、リストも付いているので、理論と実世界のリンクも取りやすく、良い本だと思いました。

S・I・ハヤカワ「思考と行動における言語」

P・ドラッカーは、全ての経営者は言葉の使い方を学び、訓練すべきである、みたいなことを言ったそうですが、「なぜ私の話は通じないのか」「どのような時、どう言えば話は通じるのか」日々の中で感じる疑問について考える時、ヒントが得られる本です。