オープンソースは「所有」に対する既成概念に相反する/Steven Weber "The Success of Open Source"

(日本語は後半にあります。Japanese follows.)

I've been in interested in open source for several years since the idea came up to me that operating system won't generate the most of profit in computer business any more. It has surely generated the most, at least in the era of Wintel domination. "Design Rules: The Power of Modularity" is my recommendation to understand the ancien regime.

Why the concept of open source attracts me? One of the books I bought game me an explanation. That is "The Success of Open Source" written by Steven Weber. (I guess it isn't translated in Japanese.) According to the book, Weber is a professor of political science at University of California, Berkeley. It may sound odd but the fact didn't surprise me that open source attracts not only technology professionals but a social science professor. He explains open source is quite different from the mechanism seen in our society. Let me quote several impressive sentences: (I capitalized some words for emphases)

Open source is an experiment in social organization around distinctive notion of property rights. Property is, of course, a complicated concept in any setting. For the moment, consider a core notion of property in a modern market economy as a benchmark. The most general definition of a property right is an enforceable claim that one individual has, to take actions in relation to other individuals regarding some "thing". Private property rests on the ability of the property holder to "alienate" (that is, trade, sell, lease, or otherwise transfer) the right to manage the "thing" or determine who can access it under EXCLUDE OTHERS from it according to terms that the owner specifies. (An omission) 
Open source radically inverts this core notion of property. Property in open source is configured fundamentally around the right to DISTRIBUTE, NOT THE RIGHT TO EXCLUDE. If that sentence still sounds awkward, it is a testimony to just how deeply embedded within our intuition the exclusion view of property really is. 

***

ここ数年、オープンソースに興味を持っていた。たぶん、そのきっかけは、OSがもはやコンピューター産業における利益の源泉ではなくなっていくだろう、と感じたからだと思う。これまでの時代は、OSが最もコンピューターアーキテクチャーの中で支配的なモジュールであったことは確かだけれども。(人はそれを「Wintel時代」と呼ぶ)これまでのコンピューターアーキテクチャーの「モジュール化」の歴史を学べる良書としては、「デザイン・ルール モジュール化パワー」をおすすめします。

なんでオープンソースが気になるのか、自分でもよく分からなくて困っていたんだけど、ある本を読んで、激しく腹落ちした。「あー、そうか、だから私はオープンソースが気になってたんだー」と。"The Success of Open Source" Steven Weberという、UCバークレーの政治学の先生が書いた本です。なんで政治学の先生が?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、オープンソースという事象に見られる人々の行動は、従来世の中を動かすメカニズムとは大きく違う故に、彼も興味を持ったそうです。残念ながら、まだ日本語の翻訳は出てないようですが。印象的だった部分を下記に翻訳してみます。(原文は上記。太字は私が強調した箇所) 

オープンソースは、社会的組織における、所有権に関する典型的な理解に対する実験である。所有権とは、もちろん、どんな条件下においても複雑な概念である。しかし、近代経済における所有権というものが、どのように理解されているかを少し考えてみて欲しい。最も一般的な所有権の定義とは、ある個人が、ほかの個人との関係において、ある「物」について強制力をもった主張をすることである。私有財産というものは、他人に「譲る」(交換したり、売ったり、貸したり、さもなければ移転する)ことができるということの上に成り立っている。「物」を管理する、もしくは他人を排除する権利が、所有者の定める条件の上に成立する。(中略)
オープンソースは、所有権に対する根本的な理解をラジカルに、真逆のものへと変革する。オープンソースにおける「所有権」は、基本的に、配布する権利であり、他者に使わせない権利ではない。この文章がまだ不自然に聞こえるとしたら、それは、所有権の概念が、いかに私たちの本能において他者を排除することと一体化しているかの証拠というべきだろう。


グローバリゼーションについての2冊の本:"The World is Flat"と「新・経済原論」

私は2003年9月にブログを始めたのだが、最初の頃から最も注目していたテーマの一つが海外アウトソーシングだった。

※同カテゴリへのリンクをまとめてある代表的なエントリ:Where Are The Jobs?

雇用が海外に移転して、国内の失業が増えるんだ、というだけの単純な話ではない。企業活動自体がモジュール化し、コア・コンピタンス(むしろ「これからコアコンピタンスとなりうる部分」と言ったほうが正確か?)以外の業務についてはアウトソーシング含む、他社とのコラボレーションが不可欠になること、バイヤー・サプライヤーがもっと複雑になるであろうこと、今後、自分のキャリアの差別化要素をどこに求めるべきなんだ?これから会社はどうなるんだ?と、色々考えさせられるキッカケともなった。

大きく括ってしまえば「グローバリゼーション」ということなのだろうが、まさにこのテーマについて書かれている本を最近立て続けに2冊読んだ。フリードマンの"The World is Flat"(邦訳は「フラット化する世界」)と、大前研一の「新・経済原論」である。

基調となるメッセージは共通している。
製品アーキテクチャーやバリューチェーンはモジュール化され、その中で自社が本当にコアコンピタンスを有する部分(あるいは、バリューチェーン上で今後お金が向かう場所)に特化し、それ以外は世界中から最も適したパートナーを選んで組めば良い。というか、そうしないとグローバルな競争では生き残れなくなるだろう。どこに本拠地を置くかが問題ではなく、パートナー企業に・何を・どのようにお願いするかの設計が企業戦略の重要な一部となる。こういったオペレーションを可能にしたのがIT技術の革新である。

フリードマンや大前研一といった世界に轟くビッグネームが、ビビッドな実例をちりばめ、分かりやすくバシッとまとめてくれ、このテーマが広く一般に知られるところとなったこと(ごく一部の国・業界の特定の職種の人だけでなく)に意義があるのだろうと思った。ちなみに、フリードマンは英語圏であるインドを、大前研一は自らの会社がある中国を詳しく取り上げている。

フリードマンの本が面白かったのは、Netscape等のアメリカの(というかグローバルの)ハイテク業界トップ企業のトップの肉声・歴史を取り上げていたところだった。取材力と取材量、豊富なデータ等、この「読ませる力」は、まさに一流ジャーナリストの面目躍如である。とりわけ、Netscapeがシリコンバレーのベンチャーの成功の原則をこれでもかとばかりに押さえているのは、今思うと「さすが」だが、「それでも彼らはMicrosoftには敗れ去ったんだよね」と冷徹に見据えているのが大前研一である。

私個人にとっては、大前研一の本のほうが発見が多かった。フリードマンの本は、あくまでアメリカ国民に対する警告(もちろん日本にも当てはまる点はあるのだが・・・)が目的だし、海外アウトソーシングやオープンソース、組織のフラット化、アメリカ人の理科系離れなど、「ホントにここ2年ぐらいの話」として取り上げられている話は、まさに同じタイミングで、私自身がアメリカにいてリアルタイムで見聞きしていたIT・ハイテク業界のことが大半だったので、確かに読み甲斐はあるし面白いが、私にとっては新たな発見は少なかった。大前研一の方は、グローバルな資金(投機マネー)の流れ等を例に出し、従来の経済理論が現在の時代には通用しなくなっている、と指摘しており、経済学素人の私には目新しい話題が多かった。

それにしても、恐ろしいのは、これらの本に書かれている出来事が、一体どこまで・どれくらい普及しているのだろうか?この先どこまで普及するのだろうか?という点である。日本では、「製造業の現場が中国に持って行かれて空洞化が起こるのではないか」というレベルの懸念が多く、サービス業や士(さむらい)ビジネス、ITやハイテクの上流工程まで含めて職が流出する、みたいな話(アメリカではもうこのレベルだ)はあまり聞かないように思う。私自身が今働いている会社、クライアントの会社含め、むちゃくちゃドメスティックなので、ホントに今のままでいいのか、ちょっと(いや、正直かなり)不安を覚えた。

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大前研一 新・経済原論 大前 研一 吉良 直人

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新原浩朗「日本の優秀企業研究」

誤解を恐れずに敢えて言えば、この本は、日本の"Good to Great" である。

まず、フレームワークがかなり似ている。「日本の優秀企業研究」とGood to Greatは、それぞれ日米で15年間以上株式市場の平均を上回るパフォーマンスをあげ続けた企業に共通して見られる特徴、そうでない企業には見られなかった特徴を分析したものだという点だ。

それから、導き出された優秀企業の「6つの条件」のうち、3つが非常に似ており、加えてあと1つは明示的ではないが十分同じメッセージを感じることができた。具体的に言うと、

  • Confront the Brutal Facts = 危機をもって企業のチャンスに転化すること
  • Hedgehog Concept = 分からないことは分けること
  • Culture of Discipline = 世のため、人のためという自発性の企業文化を埋め込んでいること

また、経営者のリーダーシップの重要性についても、かなりのページを割いて書かれていた。

なぜ、こんなことを言いたかったかと言うと、よく「日本とアメリカは人も違うし文化も違う。同じやり方ではダメだ。」と言われるが、洋の東西を問わず資本主義社会で成功した企業は、グローバルであろうと内需中心であろうと、似た特徴を備えているということが、非常に印象的だったからだ。ほぼ時期を同じくして、太平洋のあちら側とこちら側で、似た結論に至ったというのが、一番興味深かった。

同様に、優秀企業かどうかの判定基準が、奇しくも同じ「15年間」だったことも面白い。「日本の優秀企業研究」では、プラザ合意以降、為替レートの大幅変動の影響を受け、かなり大きく経営環境が変わった企業が多かったためと指摘されているが、これから推察すると、社会や経営の外的環境の変化はだいたいこれぐらいのサイクルで起こっており、一度築いた優位が持続するのはこれぐらいの期間だということかもしれない。(むちゃくちゃ荒い仮説だが)

日本の優秀企業研究―企業経営の原点 6つの条件 日本の優秀企業研究―企業経営の原点 6つの条件
新原 浩朗


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それはさておき、「日本の優秀企業研究」そのものに話を戻す。

事例に取り上げられた10社(花王・キヤノン・シマノ・信越化学・セブンイレブンジャパン・トヨタ・任天堂・ホンダ・マブチモーター・ヤマト運輸)は、いずれも日本ではエクセレントカンパニーとして名高く、ビジネス書でも頻繁に取り上げられる企業ばかりなので、全く違和感はない。また、様々な逸話は厚みを持って語られており、1つ1つのケーススタディとして読んでもとても面白かった。実直に現場に密着した話が多いので、特に日本でGood to Greatを読んでイマイチピンと来なかった人には、こちらのほうが腹に落ちやすいかもしれない。

それから、私にとって意外だったのは、優秀企業では社長が非常に強いリーダーシップを発揮していた点だった。よく、「日本はボトムアップで、アメリカはトップダウン」と言われるが、例えば、ホンダでは、車のデザインは最終的に社長がGoを出すまで製造できないのだそうだ。最終的な判断基準を1人が持つことで統一感が出るというのは、Webサイト編集等の自分の経験から言っても非常に納得だが、まさかそこまでやっているとは思っていなかった。もう一つ例を挙げると、信越化学では、経営陣がガヤガヤ言いすぎて研究者を萎縮させてしまった反省を活かし、かなり研究者に自由に任せているが、事業化するか・できるかの判断は全て社長が行なっているとのことである。

このように、事業化の判断を経営トップ自らが下している例をアメリカのハイテク業界で挙げると、MicrosoftにおけるBill Gates, AppleにおけるSteve Jobs, GoogleにおけるPageとBrinが有名だ。それを「ワンマン」だと批判する声もあるが、結果から言うと(少なくともその社長1代に限っては)ワンマンの方がうまく行くのだろう。残る問題は世代交代であるが。

一つの組織がどれくらい成功を持続できうるのか、業界や製品アーキテクチャがガラリと変わり、自己否定しなければならない「イノベーションのジレンマ」に勝ち続けて行くことはできるのか、それは経営者が代替わりした後も可能なのか。私はずっと、興味を持ち続けている。

この本の使用方法について一点注意を要するとすれば、著者の新原氏自身も認めているが、この本に登場するのは大企業ばかりなので、ベンチャー・中小企業の成功の条件を知りたい場合はもしかしたら他の本を当たったほうが良いかもしれない。

とりわけ印象的だったポイントを、下記にまとめる。(私が理解したままを、自分用のメモとして書いたものなので、原著には完全一致箇所がない場合もあります。)

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ジェフリー・サックス「貧困の終焉」

「偉大な思想には偉大なメロディーとの共通点がある。わかりやすく、身近で、記憶に残ること―一度聴いたら頭から離れず、いつまでもつきまとう。」(U2 ボノによる序文より)

ジェフリー・サックス「貧困の終焉」は、「私たちが生きているあいだに世界の貧困をなくすことについて書かれた本である。

最近ようやく、少しずつハッキリしてきたのだが、私の関心は、どうすれば日本のIT業界はもっと活性化するのか。ひいては、どうすれば日本(企業)がもっと国際的に活性化するのか、にある。(ものすごく壮大なテーマなので、これをもっと個別具体的な目標・アクションにブレイクダウンしていかなければならないのだが、「精神」としてはココに行きついた。)

その裏テーマとして、気になるのは、
日本がもっと活性化した国になったら、他の国の利益を奪うことになるのだろうか?
世界全体にとって持続可能な経済発展というのはあるのだろうか?

言い換えれば、要は、グローバル経済というものは、サイズが一定のパイの一片を各国が奪い合うようなものなのか、それとも(相対的な貧富の差はあるかもしれないが)参加者全員が絶対的に(以前と比べて)豊かになることができるものなのか?

トーマス・フリードマン「レクサスとオリーブの木」でも、グローバリゼーションを通じて各国が「絶対的に」豊かになったことが指摘されていたが、「貧困の終焉」は私の疑問に答えてくれる本だった。

●グローバル経済はWinner-takes-allのゼロサムゲームではない。

歴史を振り返ると、1800年頃までは世界中のどの国も(今日の水準から見れば)非常に貧しく、経済成長といえるようなものは殆どなかった。そして1800年からの180年間で、世界の経済活動(GWP)は49倍になった。紀元1000年からの800年間で1人当たりの所得は50%程度しか成長していないことと比較すると、いかに劇的な変化だったかが分かる。細かく、地域別にみていくと、アメリカは約2世紀の間、毎年1.7%程度のGNP成長を持続し、アフリカのGNP成長率は年0.7%だったそうだ。一見小さいと思えるこの差が積もり積もって、最も貧しいと言われるアフリカ経済も2世紀前に比べれば3倍になったが、アメリカは25倍の伸びを記録した。かくして最も豊かな地域と最も貧しい地域の格差は、この2世紀の間に4倍から20倍に広がったのである。

つまり、どの地域も成長を遂げているが、成長の仕方には地域によって大きな差があったため、豊かな国と貧しい国の格差が広がる結果になったと言える。

●経済成長を阻む原因は一意でもないし、単純でもない。

貧しい国々の中でも、成長できる国とできない国がある。その原因は複雑だが、明確に相関が認められているのは食糧生産性だそうだ。つまり、ヘクタール当たりの収穫量が多く、肥料の消費量も多い国は、貧しくても経済成長に成功する可能性が高い。

更に、その国の地理―港に適した海岸線があるか、海岸への物資の移動が容易であるかどうか等―や、乳幼児の死亡率(子どもの死亡率が高い国では、代償として、死亡率を上回る出生率となり、子ども一人一人に十分な栄養・教育が施されず、貧困からの脱出が更に困難になる)、国民の識字率、文化的な問題、政治情勢などが相互に複雑に絡みあっている。

●極度の貧困に苦しむ地域は自助努力だけでは貧困を脱出できないが、開発の一番下の梯子に足を掛けることができれば、その後は自力で成長することができる。

撲滅すべき貧困とは何か?サックス教授は、生存に必要最低限なものも満足に手に入らない状態を「極度の貧困」と説明している。世界銀行の定義によると、1人当たりの一日の収入が$1以下というものだ。極度の貧困にあって生きるために日々闘っている人々は、なんと全世界の人類の1/6も存在する。

なぜ、極度の貧困からは自力で脱出できないのか?ちょっと想像力を働かせば簡単だ。極度の貧困にある国では、土壌が痩せていたり、市場作物を作るための道具や技術がなかったり、運べる距離に市場が存在しない。また、子どもがすぐに死んでしまうので、たくさん子どもを持とうとする。そうなると、痩せた土地からできた穀物類は全て家族の口に入ってしまい、貯蓄する余裕はないからだ。肥料を買うこともできない。食糧生産性は上がらない。更に土壌が痩せていく。マラリアやエイズで一家の働き手が失われることも多い。

これに対比して、自力で「開発の梯子」を登り始めた例としてバングラデシュが紹介されていた。
1971年以来、1人当たりの所得は倍になり、乳児死亡率(新生児1000人に付き誕生から1歳未満で死亡する乳児の数)は145人から48人に減った。平均余命も44歳から62歳に伸びた。

ダッカでは、アパレル業界で働く若い女性達が経済を、そして社会を変えつつある。毎朝仕事場まで片道2時間掛けて歩いて通勤し、12時間殆ど休憩なしで働き、セクハラの危険にも晒されている。しかし、彼女達は、この仕事をそれまで考えられなかった大きなチャンスだと考えている。もしこの仕事がなければ、彼女達は、読み書きもできず、学校へもいけず、親の決めた相手と結婚させられ10代のうちから5人も6人も子どもを生まざるを得なかったが、アパレル工場で働き始めて、わずかな賃金の中から何とか貯金をひねり出し、自分の部屋を持ち、いつ誰とデートをし、結婚するのか、子どもをいつ、何人持つのかを自分で決め、そして更に仕事に役立つスキルを身に付けたいと語っていたそうだ。

もっと高い賃金を払え、さもなけば工場を閉鎖しろと豊かな国の活動家は言うかもしれないが、もし高い賃金を払った結果、価格競争力や生産性の低下によって工場が潰れたら、彼女達は元の生活に戻らなければならない。アメリカに移民で渡ってきた人達も貧しく、同じような仕事からスタートした、これは「産業化の最初の段階」だというのがサックス教授の指摘である。

●では、どうすれば世界から極度の貧困をなくせるのか?

サックス教授は具体的に数字を挙げて、案を提示している。ドナー22カ国がGNPの0.7%(1,240億ドル)を拠出すれば極貧層を基本的なニーズが満たせるレベルまで引き上げることができる、のだそうだ。更に言えば、この額は、ドナー諸国が既に約束しているODAの範囲内で納まるのである。アメリカがその目標を達成するための具体的な方策として、20万ドルを超える所得に5%の追加税を課し、その分は世界の貧困をなくすためのアメリカの分担金に回す(2004年時点で約400億ドル)ことを提言している。

・・・とまぁ、「貧困の終焉」について熱く語ってしまったが、この本は素晴らしい。主張は極めてシンプルで大胆、しかし論証は緻密である。私は開発経済学という分野があることすら良く知らなかった素人なので、もしかして専門家の方が読んだら違う感想を持つのかもしれないが、この本がなかったら2006年時点で私が「知らなかったこと」はあまりに多い。また、個人的には、高い専門性と職業倫理を持ち、世の中に対してポジティブで良い価値を生み出すメッセージを強く打ち出し、実際に貧しい国の経済政策の立案・実行にコミットするという、サックス教授の生き方に感銘を受けた。具体的な各国のケースも非常に勉強になったし、論理展開の仕方を学ぶ教科書としても、「職業人として、このようにありたいものだ」と感じさせられるという意味でも、私にとっては良い本だった。

貧困の終焉―2025年までに世界を変える 貧困の終焉―2025年までに世界を変える
ジェフリー サックス Jeffrey D. Sachs 鈴木 主税


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"Platform Leadership"

この本はとても面白かった。今日のIT業界リーダー企業がどのように今日のリーダーシップを確立したのかが分析されている(Intel, Microsoft, Cisco、あとPalmやNTTドコモも少し)。産業史としてもまとまっているので、IT・ハイテク業界で働く人は一度読んでおいて損はないと思う。

面白かったのだが、あえて難を言うと、この本に出てくる事例は、どれも「元々市場シェアが大きかった会社が自社のビジネス基盤を更に強化するために何をしたか」ばかりで、どうすれば市場シェアリーダーになれるかは書かれていない。そして、「成功した会社はこうでした」とは書かれているが、それが本当にKFSだったのかどうかについての検証は少ない。同一業界内で似たようなポジションにいて、成功した会社と失敗した会社の比較があると更に良かったと思う。

私のように感じた人は少なくなかったと見え、共著者の1人・クスマノがこの本の後に出した「ソフトウェア企業の競争戦略」では、これらの点はかなり意識されている。ソフトウェア業界の人には、「プラットフォーム・リーダーシップ」→「ソフトウェア企業の競争戦略」の順番で読むことをお勧めしたい。


多くの企業が、自社の技術・製品を業界標準・プラットフォームにしたいと考えている。プラットフォームとなった技術・製品は、他社の製品・サービス提供の基盤として使われるので、プラットフォーム提供企業は、業界を支配できる可能性があるからだ。ちなみに、本著における「プラットフォーム・リーダー」の定義は、その業界におけるイノベーションをドライブする企業のことである。

●プラットフォーム・リーダーの戦略を分析するフレームワーク "Four Levers"

  1. Scope of the firm; 自社内でどこまでやるのか、どこからは他社に補完製品(=プラットフォーム上で動くもの)として開発してくれるよう働きかけるのか。社内・社外で行なうことのバランスをいかに取るのか。
  2. Product technology (architecture, interfaces, intellectual propertiy); 自社製品がより広いアーキテクチャの一部である場合、モジュラリティの度合いをどのレベルにするのか。どこまでインターフェースを開示するのか、情報を公開するのか。
  3. Relationship with external complementors; プラットフォームリーダーもしくはwannabeと補完製品ベンダの関係はどこまで協力的なもの・競争的なものか。合意の形成、利害の対立をいかに扱うか。
  4. Internal organization; 社内外の対立を効率的にマネージするために組織構造をどうするか。"China Wall"を築いて、社内の交流・情報共有を防ぐ場合もあれば、異なる部門同士のコミュニケーションを促す場合もある。

●Intelの戦略

Intelのアプローチは非常に明快である。自社のコアビジネスをマイクロプロセッサと位置付け、PC業界全体を繁栄させるために(注:Intelのマイクロプロセッサ市場シェアは、当時既に8-9割あったそうだ)PCアーキテクチャ全体の中で性能のボトルネックを見つけ、自ら改善する。改善した技術や、部品間を接続するためのインターフェースをロイヤルティフリーで公開し、業界全体に採用されるように説得する、というものだ。

象徴的な言葉は、"what people want to do with the PC if it was as good as it could be(もしPCが本来のパフォーマンスを発揮できていたとしたら、人々はPCで何をしたいだろうか?)"である。Intelは、マイクロプロセッサの需要を喚起・拡大するための新しい使い方に関する研究を推し進めると共に、"what was preventing the industry from delivering on that goal (業界におけるゴール達成を妨げているのは何か?)"つまりPC業界全体の中で性能のボトルネックが何かを付きとめ(具体的に言うと、PCI BUSやUSB)自ら開発・改善した。

プラットフォーム・リーダーは、他社の開発するイノベーションに依存している。アーキテクチャをモジュール化すると、各部品が独立してイノベーションを追及することができるため、業界全体の進化の速度が速くなる。これが一般的なモジュール化のメリットだが、逆に言うと、全体の進化のスピードが誰にも管理されていない、つまり、自分1人が頑張っても全体の進化が遅ければ、自社製品の良さをアピールできない可能性があるということだ。Intelの場合もそうだった。Intelがどんなにマイクロプロセッサを速くしても、いや、速くすればするほど、従来のPCアーキテクチャでは、その性能を活かしきることが十分にできていなかった。

そこで、当時のCEO・グローブの肝入りで作られたのが、Intel Architecture Lab (IAL)である。この組織のミッションは、「オープンアーキテクチャのコンピュータ業界におけるアーキテクトになること」だった。

Intelの戦略は分かりやすく、ビジョナリーである。しかし、これは、競合他社も含めて同じ土俵に乗せた上で、技術で競争して勝ち切れる技術力と、業界の信頼を得ているIntelだからこそできたのではないか?とも思う。

●Microsoftの戦略

補完製品の売上高が占める割合が低いIntelに比べると、プラットフォーム(Windows)+補完製品(Office等)を両方自社内で開発しているMicrosoftの方が、戦略もマネジメントも複雑である。

最初は、プラットフォームを普及させるためには魅力的なアプリケーションが要るので、仕方なく自社内で補完製品を開発したのかもしれないが、今日では売上高の半分をOffice等のアプリケーション群が占めているので、Windowsクライアント/サーバと、OfficeシリーズはMicrosoftの二本の柱と言って良いだろう。

従って、Microsoftのプラットフォーム部門は、インターフェースやAPIを公開し、自社のプラットフォームを採用するデベロッパーを少しでも増やそうとする一方、少しでもインターフェースの外部開示を遅らせて自社内のアプリケーション部門にアドバンテージを与えようという誘惑・利害対立のバランスを取らなければならない。アプリケーション部門は、競合の補完製品に比べて少し良いか、最悪でも見劣りしないレベルの製品を、競合にそれほど遅れないタイミングで投入しなければならないし、「Windowsの、MS-Officeでしか使えない」独自機能の実装と、Appleプラットフォームでの動作保証というバランスを取らなければならない。社内・社外で組織的に対立する利害をいかにマネージするかがMicrosoftにとって大きな課題だった。

もう一つ、Microsoftに関して面白かったのは、インターネットを通じて、リモートコンピュータにホスティングされたアプリケーションを「サービス」としてWindowsアーキテクチャの一部をネットワーク上に拡張していこうという.NET構想は、既に2000年から5ヵ年計画で取組まれていた、という事実である。

これが事実であれば、Officeをホスティング型で提供するOffice.NETが今日登場しているのは、驚くに値しない。むしろ既定路線と言って良い。(まぁ、多少時期が遅くなったかもしれないが。)最近、ビル・ゲイツが役員・上級エンジニアに送ったメモが話題になっているようだが、内容としてはそれほど驚くようなものはなく、どれも5年前・10年前から予測して来たことを改めて確認し、これからも頑張ろう、と呼びかけているだけのように読めた。

※上記2つのリンクは、Google Newsで検索した時それと分かる形で一番最初に出てきた&ソースとして中身が一番良い(全文訳が出ている)と思ったので、たまたま両方Cnetになりました。別にCnetの報道姿勢に不満があるとか、そういう訳ではありませんのでご理解ください>>関係者さま

ただ、プラットフォームとしてのOS (Operating System)は転換期かもなと改めて思った。補完製品が増えるほどプラットフォームの魅力は増すが、補完製品がたくさんある場合、プラットフォームをアップグレードするのが大変になる。アップグレートしなければならない必要性・必然性がないとユーザ離れの原因ともなり兼ねない。ライセンスを買ってもらってオシマイ、のワンタイム・トランザクションでなく、使うたびに課金が発生する課金形態は、ベンダにとっても定期的継続的に売上が立つという面で魅力があるし、ビル・ゲイツ自身認めているように、ライセンス形態・ビジネスモデルの変化は、今後避けられない流れなのだろう。

#Microsoftのみならず、GoogleやeBayが通信事業に色気を見せてるのも、「毎月お金が入ってくるから」という理由もあるのでは?と思う私。アメリカの通信業界は全体で$400B/年ぐらいあるので。(対してGoogleの売上高は$5.25B/年)

…この本は、更にCisco等の話が続くのだが、書評はIntelとMicrosoftで十分長くなったので、この辺で。

私が買ったのは原著なので、この書評中の日本語は全て私が理解したところを翻訳・意訳したものです。用語などは日本語版と異なる可能性があります、という点は予めお断りしておきます。日本語版も出ています。

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プラットフォーム・リーダーシップ―イノベーションを導く新しい経営戦略
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M・クスマノ「ソフトウェア企業の競争戦略」

私が言いたかった・知りたかったのは、これだ…!」と衝撃を受けました。(偉そうですか?すいません)

ソフトウエア企業の競争戦略
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「ソフトウェア企業の競争戦略」の結論をまとめると、

  • ソフトウェアは、一度作ってしまえば複製コストはタダ。たくさん売れば売るほど儲かる。
  • しかし一度ソフトウェアを買ったら、同じものを二度買う人はいない。従って、ソフトウェア企業は、製品に次々に新しい機能を追加するなどして需要を喚起し続けなければならない。
  • 殆どのソフトウェア企業において、徐々に売上高に占めるサービス(コンサルティング・カスタマイズ・メンテナンス・サポート)の割合は高くなっていく。
  • サービスは、ソフトウェアのライセンスに比べると労働集約的で利幅が低いが、継続して安定した収入が入ってくるというメリットがある。
  • 殆どのソフトウェア企業が、「ライセンスとサービス」の組合せで商売をする「ハイブリッド型」になっている、というか、そうならざるを得ない。
  • 「世界中にパソコンはXX台あるから、その5%に入ったとしても、XXになる!」という試算はあまりに魅力的なため、多くのスタートアップがコン シューマ向けでHorizontalなソリューションを売ろうとする。しかし、これは成功すれば巨万の富が得られる反面、非常に難しい。
  • ヒット商品や、支配的なプラットフォームを持たない場合において、ソフトウェア企業が成功するための最も現実的なアプローチは、「高めの価格が設 定でき、サービスに対してお金を払う意欲が高い」法人企業に対して「ライセンスとサービス」を提供する「ハイブリッド型」である。

前から漠然と「たぶんこうじゃないかなあ、きちんと検証したいなあ」と思っていたものも幾つかありました。が、モヤモヤしていたことが、 スッキリと提示されており、感動しました。

しかしながら、ソフトウェア業界の原則論が上記だとしても、幾つか、例外的にライセンス販売を主体として大きくなった会社もあります。具体的には、例えばMicrosoftです。補完製品を他社がたくさん作る、プラットフォームとしてのポジションを獲得しているからです。

みんながプラットフォームになりたがっているのですが、成功した企業は一体何が違ったのか?が、今一番気になっています。そんなわけで、渡辺聡さんもお勧めの「プラットフォームリーダーシップ」を読むことにしました。

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At Any Cost

20世紀のアメリカで最も長く反映を続けた企業・GE。その歴代CEOの中でもOutstandingだったのは、アグレッシブなM&Aや「集中と選択」という名言に象徴される事業戦略を断行し、企業価値を$13Billionから$500Billionまで押し上げた手腕から、「20世紀最強の経営者」と言われたジャック・ウェルチ。しかし、彼ほど毀誉褒貶の激しい経営者もいなかった。

粉飾決算、贈収賄、放射線被爆社員に対する教育やケアの欠如。GEでは、幹部社員が逮捕されたり、社員から訴えられることが絶えなかった。

「いかなる犠牲を払っても(At Any Cost; 本書の原題)」利益第一の路線を重んじた、ジャック・ウェルチとGEの経営の「負の側面」を描いた意欲的な書です。

ジャック・ウェルチ 悪の経営力
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Built To Last

題名は知っているし、聞きかじって内容も何となく知っているが、実は読んだことがない本という感じでしたが、遂にNY旅行帰りに読みました(飛行機の移動が長く時間があったので、空港の本屋で見つけて思わず購入)。BusinessWeekのビジネス本ベストセラーリストに6年連続ランクインしたそうです。

Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies (Harper Business Essentials)
0060516402 James C. Collins

Harperbusiness  2002-08-20
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この本がユニークだな、と思ったのは、

  • ビジョナリーな会社を選ぶのに、Fortune 500とInc 500から、製造業/サービス業/公開/非公開などの偏りがでないようにCEOを700人サンプリングして、その人達に「ビジョナリーだと思う会社を5つ挙げてください」とアンケートを取ったところ(調査方法)
  • 単にビジョナリーな会社18社(金メダリスト)を調べるだけでなく、同時代に設立され、当時は同じような事業内容だった会社(銀・銅メダリスト)との比較を行なったところ
  • 会社の歴史全部を振り返ったところ(In Search of Excellence との大きな違いでもある)

ビジョナリー18社(全てが1950年以前に設立された会社。つまり、CEOの世代交代が行なわれており、既に創業者の代ではなくなっている)を観察した結果は色々と述べられていますが、私の印象に残った点は、

  • 創業当時から明確な市場を意識した製品開発を行なっていたわけではない
  • CEOは必ずしもカリスマ的なリーダーシップを発揮していたわけではない
  • CEOは殆どがHome-grownであり、外部から雇い入れたわけではない
  • カルト的な企業文化を有しており、全ての人に対して「Best Place to Work」というわけではない

とりわけ、社長は生え抜きだとか、社員が自分達の会社に誇りを持ち(IBM社員はIBMer, Nordstrom社員はNordieと自らを称す)、朝会では社歌を歌って気合を入れる、等という記述に、実は日本企業ってけっこうビジョナリーなんじゃないの?と思った日系企業人は私だけではないとみた。日本でこの本が流行った理由も納得です。巻末の膨大な分析も面白かったですし、一気に読ませる迫力はあります。

ただ、残念なのは、じゃあどうすればビジョナリーな会社になれるのか、ビジョナリーな会社を作れるのか、は書かれていないことです。

ビジョナリーな会社の経営者はTime tellerではなくClock builderだった、という結論は、表現として非常に分かりやすいですし、自分の時代を超えても組織が残り続け、世の中に良い価値を付けて行ったら素晴らしい、というメッセージには共感します。ただ、その結論が、組織や創業者の具体的な振舞いやマネジメントを考察した結果導き出されたもの、というよりは、その組織が世代交代しても元気だから、「ゆえに創業者はClock builderだった」と結論付けているように(少なくとも私は)感じました。もしかしたら私の読み方が浅いのかもしれませんが。

・・・とまあ、期待していた分、やや辛口評価になりましたが、この本の価値は、ビジョナリーな会社というものを定義付け、世の中に良い意義を付けて行く会社こそが生き残って行くんだ、というメッセージを提示したことで人々に夢と希望を与えた というところにあるのだろうと思います。あと、タイトルやClock builder等の表現が非常にキャッチーで分かりやすいので、色んなところで使われているという面で「ハイインパクト」な本である、という言い方もできます。素晴らしいマーケティングセンスです。(誉め言葉)

そういう意味で、多くの人に支持される理由は良く分かりますので、続編のGood to Greatにぜひ期待したいと思います。

Good to Great: Why Some Companies Make the Leap... and Other's Don't
0066620996 James C. Collins

Harperbusiness  2001-10-16
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それとBuilt to Lastほど一般的な人気はないと思うのですが、同様に会社の歴史を紐解いて、組織マネジメントの歴史、とりわけ「事業部制」という新しい組織がなぜ生まれたのかを分析している経営書、という点で、「組織は戦略に従う」にも期待しています。こちらはかなり古典ですし、今日的な課題に即しているかどうかは分かりませんが。

組織は戦略に従う
4478340234 アルフレッド・D・チャンドラーJr. 有賀 裕子

ダイヤモンド社  2004-06-11
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川上弘美「センセイの鞄」

川上弘美「センセイの鞄」

37歳・独身・OLの大町月子と、彼女の高校時代の国語教師・松本春綱の間に流れる、温かくも、ゆるゆるとした時の流れ。

…ってなんだか出版社の宣伝コピーみたいですが。

恩師との再会が忘れえぬ思い出に変わる、こういう出来事が、世の中には、よくあるのかもしれないし、それほどないのかもしれないし、それはよく分からないけれど、人と人との関係の「あやふやさ」がよく描かれていると思いました。

「ワタクシはいったいあと、どのくらい生きられるでしょう」

人の感情というのは生もので、いつどのように変わるか分からない、とても繊細なものですが、だからこそ、心の通い合った一瞬(人生の長さを考えると、一瞬と言っても良いでしょう)が人生の贈りものとして輝くのかもしれません。描写は淡々としていますが、心の動きの描写はとても瑞々しく、濃厚です。

初老の男性がこの小説を読んだらどのような感想を持つのか、聞いてみたい気がします。


第五の権力 アメリカのシンクタンク

日本に帰っていた間に「SVJEN日本支部結成準備集会」(と言うと何だかすごそうだが、実態はただの飲み会…)に参加して来ました。

日本にいながらSVJENに協力してくださるボランティアの方々、ベイエリアでの活動を経験して日本に帰った方々や、日本での今後の活動に興味がある、あるいは今やっている活動とSVJENとの間で何かできそうな方々に声を掛けさせていただいたら、聡明で前向きなエネルギーに満ちた人が一堂に会して、とても刺激的で楽しい一夜になりました。

「日本の野球選手にとって、メジャーリーグ移籍が自然な選択肢となったように、ビジネスパーソンにとっても、シリコンバレーへの転職あるいは起業という選択肢がもっとメジャーになっても良いのではないか?」「シリコンバレーが起業に適した土地だというなら、シリコンバレーで日本人が起業した会社が日本に逆輸入される、というやり方が、日本の商習慣や雇用慣習に風穴を開ける一つの手段になるのではないか?」などなど、キャリアやITの話は勿論ですが、政策や教育といった広い観点で、話は大いに盛り上がりました。ボランティアやってると大変なこともあるのですが、こういう、素晴らしい人との出会いが一番の財産だなあ、と、改めて思いました。

非営利団体としてのSVJENが、今後何ができるんだろう?と考えながら読んだ、もう一つの非営利団体の形がこちら。
第五の権力 アメリカのシンクタンク

「三権」と言えば、立法・司法・行政ですが、第四、第五の権力とは一体何でしょう?(答えは最後に)

アメリカにおける政策形成・実行のプロセスとそれを支える人材供給に、どのようにシンクタンクが貢献しているか、について書かれた本です。

多くのアメリカのシンクタンクが、財産家の多額の寄付(大金持ちの存在、寄付という行為に対する規範的・税制的な考え方の違いが日米では存在する)によって支えられている「非営利団体」である、ということを、私はこの本を読むまで知りませんでした。

非営利団体、と言っても、自分達だけで象牙の塔に篭って研究に邁進するだけではなく、実務家との盛んな人材交流の様子(本では「回転扉」と表現されるほど)についても詳しく書かれており、即戦力になりうるアウトプットを生み出そうとする迫力や気概を感じました。また、保守系・リベラル系と、比較的特定の政党に近い政策を打ち出すシンクタンクもあるようですが、どちらにも肩入れせず中道を行くのが現在は主流らしく、そのタイトロープを泳ぎ切るには、高度な政治的バランス感覚や経営手腕が必要ではないかと思いました。

アメリカのシンクタンクのホームページでは、年齢・性別などを入力すると、幾ら払う必要があって、幾ら年金が貰えるのか、シミュレーションまでできるというヘリテージ財団のホームページ事例が紹介されており、また、各シンクタンクでは、それぞれ現状の政策に対する代替案も示されている(らしい、実物は未確認)一方、日本では、「年金未納問題」が世間を騒がせ、政治家ですら正確に政策を理解しきれていない実態が露呈するなど、強烈なコントラストとなっています。

トータル的には、「アメリカ政治の裏表~影の立役者・シンクタンク」という感じで、読みもの的に読むと面白い本だと思います。日本の年金未納問題や、アメリカ大統領選、というタイミング・時流にも合っていますし。

私は、そもそも政策がどのように形成され、実行されるのか、現状どのような課題があるのか、あまりよく知らず、従ってシンクタンクの具体的な成果やそのインパクトについてもイメージが掴みきれていないので、「シンクタンクこそが打開策である」という「シンクタンク・ジャンキー」の気持ちはまだよく理解できないところもありますが、政治家でも学者でも公務員でもなく、かといって民間企業でもない立場から世の中を変えようとする動きの存在、という意味で興味深く読みました。また、非営利団体の運営手法などについても、学ぶところが多くありました。

ちなみに著者の横江久美さんは松下政経塾(これもある意味非営利団体でシンクタンク的?)出身でご自身もPacific21というシンクタンクを主宰。文体は骨太で非常に読みやすかったです。

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