SaaS (Software-as-a-Service) もここまで来たか
ソフトウェア業界の現実(の一側面)

Microsoft1社支配時代のパラダイムを変えようとするアジアからの動き

今日のIT業界で、パッケージソフトウェアを売る会社としてはおそらくMicrosoftが世界最大の企業である。IDCの予測で、グローバルのIT業界(ハードウェア/パッケージソフト/サービス)規模が$1,100 billion、PC市場は$200 billion台後半というのを見たことがある(但し、IT業界全体の予測と、PC市場の予測は、おそらく別立てなので、整合性が取れてるかどうかは未確認)。Microsoft1社だけで、売上高$40 billionぐらいある。規模は勿論、PCプラットフォーム上のビジネスに与える影響力の大きさという意味でもキーとなるプレイヤーなのだが、「次はどうなる?」というのが、おそらくこの業界に関わる人にとっては大きな関心事だと思う。

クライアントサイドにインストールするアプリケーションが基本だった時代から、所謂「あちら側」、サーバーサイドに移行するのか。そうなると、次世代のアプリケーション・サービス開発のプラットフォームはもはやWindowsではなくブラウザなのではないか、というような議論もある。

ThinkFreeも、そのような流れを体現しているが、ユーザビリティがここまで従来のアプリケーションに近づけるのか。。。と驚き、あれから妙に気になって、色々この会社のことを調べてしまった。

シリコンバレーの美味しいベト麺は、(少なくとも私がいた頃は)ベトナムタウンとして歴史の古い南サンノゼか、ベト街としては新興勢力のミルピタス方面に集中している。つまりアジア人の多く集まる庶民的なエリアということ。「シリコンバレー」と聞くと、「一億円で買えないような豪邸ばっかりズラーリ並んでるんだろうなぁ」と私も住む前は思っていたのだが、実はサンタクララカウンティの中でもかなり地域差がある。私の勝手なイメージだが、立ち上げの頃から「ベンチャー業界仲間内系」で注目されてて、「お願い投資させて」とベンチャーキャピタリストが群がるような会社は、スタンフォード大学のあるパロアルトにオフィスを構えることが多い気がする。

なので、創業から6年経っててベトナム人・中国人が多いエリアにオフィスがあるというのは、地道にじっくり商売してきている堅実な会社、きっと経営陣はアジア系に違いない!と予想したところ、やはり韓国系だった。

ThinkFreeのCEOは、TJ (Tae-Jin) Kang氏。トロント大学でコンピューターサイエンスと心理学の学位、認知心理学で修士号を取得している。1999年にVCから$24 millionの投資(現在までに合計$34 million)を受け同社を創業。ThinkFree創業前には1994年にNarasoftという会社を興した経験があり、ハングルのワープロソフト分野での経験が豊富のようだ。現在、ThinkFreeは、韓国のソフトウェア企業Haansoftの子会社になっている。Haansoftの2005年度の売上高が360億ウォン(≒36億円)。日本のパッケージソフト大手と比べると、ジャストシステムが122億円、サイボウズが60億円となっており、韓国は人口が日本の約半分なのでIT業界の規模も半分ぐらいだろうと推定すると、パッケージソフトベンダとしてはかなり大手なのではないか。ちなみに、Kang氏はHaansoftのVice Presidentにもなっている。CEOの次に名前が出ているぐらいなので、実力者なのだろう。

Haansoftは、日中韓で進めているAsianux開発にも参加している。2004年には、まさにそのKang氏が来日している。

韓国だけでなく中国、あと、日本も比較的そうかもしれないが、政府はオープンソースソフトウェアに熱心である。自国の産業振興と、セキュリティ面で、他国企業の製品に依存したくないという考慮があるのだろう。とは言え、幾らThinkFreeが(ひいてはHaansoftが)政府のバックアップを得ていたとしても、ここまで分かりやすく「打倒Microsoft」を前面に打ち出すというのがすごいと思った。1999年創業当時、そこまで考えていたか分からないが、「これからはASPだぁ!」「じゃあMS-Officeも要らないよね?」と言わんばかりのサービスを開始して、だけど当時はあんまり当たらなくて、MS-Office互換の安いパッケージ出して凌ぎつつ、今日ここまで来た、という背景を知って、

イノベーションは一日にして成らず

と改めて思ったのでした。

HaansoftのCEOご挨拶には、「昔は、IT業界は殆ど外国製品ばかりで韓国製のものは少なく、コンピューターではハングルすらうまく扱えなかった。弊社はハングル文字を扱う技術を通じて韓国のITの発展に寄与してきたという自負がある。今後は世界のリーディングカンパニーを目指す」というようなことが書いてあった。

私は、シリコンバレーで、IT・ハイテクのイノベーションのダイナミズムみたいなものを感じ、それに強く感化されたと思う。IPinfusionの石黒邦宏さん(10年連続で10万行コードを書いた天才プログラマ)がおっしゃっていたように、シリコンバレーも日本も、エンジニアの技術力とか開発ノウハウに、ものすごい差があるわけではないのだとしたら。企業がグローバルになれるかどうかは、もしかしたらヤル気があるかないかで差が出るのでは?と思ったことがあるほどだ。

だから、HaansoftのCEOのメッセージを見て、(国民性の違いもあるだろうし、韓国のIT業界の構図がよく分からないので、日本人が同様に行動すべきか断言はできないけれど、)この規模の会社が、パッケージソフトで世界一を目指すと言い、実際に数十億円相当をシリコンバレーでFundraisingして実行しようとしているという心意気には、素直に興奮した。

日本でも、メイド・イン・ジャパンのソフトウェアを世界に羽ばたかせようというコンソーシアムができたり、ソフトウェア産業の国際競争力を高めよう、という認識が高まってきてすごく嬉しい。

普段は、「日本のソフトウェアは絶対世界に通用するはずだ」みたいなことを書けば書くほど、「じゃあ、自分はそれに対して一体何がどれだけできてるんだ?」と考えてしまって落ち込むので、あまり書けないんだけど、ThinkFreeのことは同じアジア人としてとても勇気付けられたので、ここにご紹介しておきます。

※参考にしたサイト

http://www.neobinaries.com/NewsBlog/tabid/56/articleType/ArticleView/articleId/440/Default.aspx

http://www.tjacobi.com/50226711/demofall06_second_company_presentation_session_incl_system_one_thinkfree_geniuscom_koral_mindtouch_serebrum_buzzlogic.php

Comments

hama

悲しいかな日本のソフトウェアで世界に通用しているのは
ほぼゲーム産業のもののみ、、、
(組み込み系は知らないけど)

そしてその理由は?
わかる、わかるんですよ。
この業界にいるとね。

いない人には絶対わからないかな、、、

Tomomi

hamaさん、
コメントありがとうございます。

「この業界」が具体的にどこのことを指しておられるのか分からないので何とも反応しづらいのですが、今の時点ではゲーム以外の日本製ソフトウェアが世界で通用していないというご指摘は事実だと思います。

いずれにせよ、これからも日本のソフトウェアがグローバルに通用しないのかどうかは、お客様が決めることだと思います。
「市場の判断に任せる」というやり方は万能ではないかもしれませんが、グローバル/ドメスティックを問わず、本当に役に立つものを提供できているソフトウェアベンダーが、最終的にはお客様に選ばれて行くのではないでしょうか。

ただ、実際に日本のソフトウェアベンダーから購入するお客様の事業は必ずしもドメスティックではないわけなので、日本企業の国際競争力という観点からは、「日本のソフトウェアベンダーはこれからもドメスティックで良いのだ」とは言い切れないのではないかな。と思っています。ドメスティックな事業を全否定するわけではありませんが、日本の産業全体がグローバル化していく中で、ソフトウェアもまたある程度一定の割合でグローバル化の方向に向かうだろう、というのが個人的な意見です。

黄昏

MicrosoftのWindows製品の品質をあそこまで?向上させた裏には、
日本の大手ベンダ(FやN)の技術者との協業があったのは、IT業界
でプログラマなエンジニアならそれなりに知られてる有名な話です。
その意味で技術力や開発ノウハウには差があるどころか、こと品質
に対するケアを考えると日本のほうが上をいっている、と言えます。
ではなぜ世界に通用するソフトウェアが作れないのか?
理由は色々あるので一概には言えませんが、自分なりに思うのは
「ソフトウェア的な業務集約化/自動化による楽さを追及するマインド
が日本人には欠けていること」と、「ITエンジニアの社交性(宣伝する
ため人前で話すこと)が欠けていること」のが理由として挙げられます。
前者により、もともと作らないことに加えて作っても宣伝しない。
これでは売れるものは出来ませんね。

Tomomi

黄昏さん、
コメントありがとうございます。
確かに、クスマノの「ソフトウエア企業の競争戦略」でも、
「日本人はソフトウェアを作れる」「しかも品質もアメリカより高く」「コードの再利用等も進んでいる」と指摘されていましたよね。
それと同時に、「しかしながら日本人はソフトウェアでどうすれば儲けられるかは知らないようだ」「組込み系を除いて海外では競争できていない」とも。

ご指摘の点はどちらも同感です。
「自動化による楽さを追求するマインドの弱さ」の背景には、日本企業は雇用が安定的だし現場のオペレーションが強いので、「人間系」が強いこともあるのかもしれないですね。CRMやRFID等、いかに人のスキルに依存しないでオペレーション品質を一定に保つか、という観点ではアメリカ人は強いなあと感じます。
「エンジニアの営業マインド」についても、やはり、起業に対するハードルの高さがあるのではないでしょうか。
それは、ベンチャーキャピタル等のリスクマネーや、日本における与信のあり方とかの問題で、個人のリスクが相対的に高いこと等が原因でしょうし、あと、「同じメンバーで和気藹々と長期的にやりたい」みたいな気質もあるかもしれないです。
以前、シリコンバレーで起業された方から伺ったのは、会社を売却するかしないか、社員に意見を聞いたら、日本人は全員「大手に買収されても今のメンバーで仕事を続けられる方が良い」と賛成、アメリカ人は全員「大手に買収なんかされたら、何のためにベンチャーに入ったのか分からない」と反対だったそうです。

hama

この業界=ソフトウェア業界ですね。
無論ソフトウェアといってもいろいろあるわけですが、
特にASP/パッケージ、コンシューマーと呼ばれる領域
(WindowsClient~WWW~LinuxServerが活躍する世界ですね)
に近いところで下っ端として潜伏しています。
下っ端ごときに何がわかるのかという意見もあるでしょうが、
内側から見ているとわかってしまうんです。
あるものが、世界中の同業他社と比較して、機能的にはどうみても世界トップクラスのソフトウェアでありながら、
国内で業界シェアの半分すら取れず、欧米では全く売れない。
現場から見ていてなんとなく理由は感じていたのですが、
以下のエントリーとその末尾の関連記事を読んで完全に結びつきました、
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20061003/1159869683#seemore
それは経営の欠如です。
(日産のゴーン社長が、「日本には経営だけが無い」と嘆いたそうですが、まさかそれを自分が実感することになろうとは、夢にも思いませんでした)
品質の追求や、技術に対する熱心さは素晴らしいのに
(往々にしてそれは徹夜や休出など、現場レベルの犠牲により成り立っています)
そのほかの部分ではまるでダメなんです。
ろくなマーケティングもなければ、子供だましのような販売戦略立案と広告宣伝、法と契約に関しての無知、過剰過ぎる品質要求とその結果としての価格競争力の欠落、追い詰められると精神論に逃げる、等々挙げていけばきりがありませんが、
全てひっくるめて「経営の欠如」でまとめられます。

経営者も、ベテランの技術者と同様の専門職である/あるべきだという意識がゼロに見えるんですね。
いったんこれに気づくと、もう既存の日本のソフトウェア企業の99%がダメに見えます。
だから自分が期待しているのは、新しい時代の経営者です。
ソフトイーサー社のような若く優秀な学生集団や、
元技術者が興したベンチャー企業の数々です。

>日本における与信のあり方とかの問題
もちろん、法的な枠組みの違いもありますよね。
(案外と、法の違いが決定的な差に繋がっているのかもしれません。良く整備された法律は、肥沃な土地みたいなもののはずですから。)
法の側がベンチャーを育てようという意識を持って作られていかなければ、、、

Tomomi

hamaさん、
私も某SIerしかも日本に帰ってきてからは泥臭い現場で働いていますので、おっしゃっていることには全く同感です。
ただ、「今はできてない」けど「未来永劫絶対できない」とは思っていないし、逆に言えば「できるようにするためには、どうすればいいか?」を考えるべきだと思っています。このブログもそういう精神で書いています。
私が言いたいのは「それで、ホントに日本の将来の国際競争力は大丈夫なんだっけ?」「それで、日本の現場のエンジニアは幸せなんだっけ?」ということなんですよ。
言い換えれば、品質や機能の面では十分世界に伍すソフトウェアを作る能力があるのに、なんで日本からMicrosoftやGoogleに肩を並べる会社が出てこないのか?と。今のままじゃ悲しくないですか?現場の頑張りも、けっこう限界に来ていると個人的には思っています。(余談ですが、その筋の知人に聞いた話ですが、最近日本のソフトウェア業界では鬱病が激増しているのだそうです。)
是非とも、今後もよろしくご教授・ご鞭撻ください。

hama

うつ病ですか、まさに思い当たります。
そういえば、PGとして配属された若い女の子が入社半年くらいから辛くなるようでボロボロと辞めていきますね。
1年で3人もいなくなると、残された人たちの指揮がガタ落ちになるんですけれど、それでも危機感を感じ無い人もいるんですよ。
愚痴っぽいので止めますが、辞めてしまった子には非常に気の毒です。
この業界に入るなら何を基準に会社を選ぶべきかを、入社前に伝えてあげたかったなあと。
「若者はなぜ3年で辞めるのか」という本が売れているそうですから、案外と違う業界でも似たような事が起きているのかもしれませんが、、、
では、次の投稿も楽しみにしています。

The comments to this entry are closed.