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ブログに書くのもヘンかもしれないけど

実は、私が普段メインで使っているメールサーバが、ダンナの容量オーバーで止まっているため、この2週間分ぐらいメールが読めていません。

もしこのブログを読んでいて、「あの件、返事くれてないよね?」と思った方は、お手数ですが、ashino at gmail.com まで再送いただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。


Web2.0は従来メディアを永久に変えた、と言えるのか?

As the Internet Grows Up, the News Industry Is Forever Changed (6/19/06, Washington Post)

インターネットやブログのような草の根メディアの発展で、従来メディアはこれからどうすれば良いのか?という話題は、最近よく聞かれるところだが、Washington Postに興味深い記事があった。

新聞は、購読者の減少、レイオフといった問題は起こりつつあるが、未だアメリカでは最も高収益な産業(利益率が21%で、Fortune 500の平均値の2倍)のひとつであるとのこと。

新聞社のオンラインでのビジネスモデルとして、サブスクリプションフィー方式は、ハイテクのメッカ・シリコンバレーのSan Jose Mercuryでも10,000ユーザを超えられなかったのでおそらく無理だろう、というのが、同紙で働いたことのある筆者の意見(私も同感)。個人的には、紙には紙の、オンラインにはオンラインの良さがそれぞれあるので、紙媒体を買った人にはオンラインバージョンも見れるようにする、というBusinessWeekのような方式(新しい記事は誰でも見れるが、古い記事は購読者限定)が良いと思う。紙は持ち運んだり、ベラベラめくるのに便利だし、記憶に残りやすい。オンラインは検索しやすいし物理的に場所を取らない。加工が容易。

となると、残されたビジネスの可能性は広告になる。紙媒体の広告がほぼ横ばいなのに対して、オンライン広告は年35%の成長率だそうだ。

しかしNAA (Newspaper Association of America) の統計によると、新聞のオンライン広告は$1,541 million(2005年)で、未だ紙媒体の3.3%に過ぎない。

紙の新聞の普及率は依然として非常に高い。NAAによると、アメリカでは18歳以上の大人の51.6%がウィークデイ版の新聞を購読しており、日曜版のみの読者を加えると6割近いそうだ。発行部数 も、日曜版を入れると5,800万部に達している。ちなみに、日本では、トップシェアの讀賣が1,000万部を超えており、シェアが25%前後と聞いたこ とがあるので、おそらく日本の新聞の発行部数は4,000万部ぐらいと推定できる。国民人口はアメリカの半分しかいないのに、新聞は2/3->つま り日本における新聞の普及率はアメリカの1.5倍ぐらいになるんだろう。

でも、実は私はアメリカの新聞社のサイトが好きだ。今はアメリカの市場動向リサーチは本業じゃないので、あまり英語ニュースチェックに時間を割けなくなった。読む媒体を絞り込むと、外せないのはやっぱりWall Street Journalだし、NY Times, San Jose Mercuryだったりする。Techmeme等も、たまに見ると、自分が普段見ないサイトの面白い記事がチェックできることがあるし、Blogosphereにおける瞬間最大風速が分かるので、それはそれで興味深いが、なんでか私のブックマークはあんまり他人とかぶらないことが多い。。。。。

※以下は、Washington Postの記事から私が注目した部分の抜き出し(Boldは私が付けました)。

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コンテンツがネットの「あちら側」へ行くまで

What Netflix Could Teach Hollywood - New York Times

私がアメリカに住み始めた頃は、正直言って、Netflixがここまで流行るとは思わなかった。

Netflixというのは、インターネット上でレンタルを申し込むと家にDVDが届く(そして返送すると次のDVDが届く)という、非常に単純なサービスなのだが、アメリカでは今や500万世帯がユーザーになっているそうだ。そのオペレーションはNYTimesの記事によるとこんな感じ。

  • 1年に700万個のパッケージを郵送している。朝4時に返却されたDVDを郵便局でピックアップし、5時から自社倉庫で詰め替え作業。朝10時には、再び新しいDVDが詰められた封筒を郵便局へ持って行く。
  • 全国に39箇所の倉庫を持っている。ロケーションは主に都市圏。USPSのFirst-class mail serviceを使って1日以内に郵送が可能な範囲は半径50マイルなので、殆どの顧客が、DVDを返却(=ポストに投函)したら2日後には新しいDVDを受け取れる。

「インターネットで映画を配信できるようになったら終わりじゃーん」と言ってしまえば確かにそうなのだが、現状、インターネットの映像配信サービス普及のボトルネックになっているのは、

  • スタジオは殆どの映画をExclusive rightでテレビ局に売ってしまっている。(この権利は、物理的な媒体=DVDに焼かれている場合は除外される)
  • よって、ケーブル会社等のインターネット映像配信サービスの品揃えは、現状あんまり豊富ではない。Movielinkは1,500タイトル、Comcastは800タイトル。
  • 一方、DVDはスタジオの主要な収入源なぐらいなので、たくさん種類がある。ゆえにNetflixは品揃えが豊富(60,000タイトル)

新しく作られる映画に関してはこれから変わって行くのかもしれないが、「当面の間」大きくインターネット映像配信サービスを取り巻く環境は変わらないだろう。とのこと。

じゃあ、一体いつになったら、インターネット上での映像配信サービスがビジネスになるのか?については、また別の機会に考えてみようと思う。

個人的に、この記事で一番インパクトがあったのは、Netflixの60,000在庫のうち、最低1回は借りられるタイトルは、一日どれぐらいあるか?(Out of the 60,000 titles in Netflix's inventory, I ask, how many do you think are rented at least once on a typical day?)であった。皆さんも、答えをみる前に予想してみてください。(正解は、続きを読む…をクリック!)

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八方美人にサヨナラ。

私は要領が悪い。脊髄反射的に真顔で正論をかましてしまい、後で反省したり、落ち込んだりすることも多々ある。なので、コミュニケーション能力が高く、リアルタイムで軌道を修正しつつ、相手との間に気持ちの良い空気を作り出すことができる人に、とても憧れる。そして、自分の要領が悪いことを自覚しているので、せめて推敲がきく書き言葉では、なるべく人を気分悪くしたり傷つけたりしないようにしようと普段から(いちおう)気を付けている。

しかし、一時期、自分のキャパを超えるアクセスがブログに来てしまって、読み手の感情を意識し過ぎて、どうにもうまくブログが書けなくなったことがあった。だけど、「いいじゃん、好きに書いたって」と開き直ったら、意外とそれを気に入ってくれる人がいて、逆に驚いた。

この話を、黄昏さん(仮名)という友人にしたら、

八方美人になると、7/8の人は去っていくが、自分の意見を正直に言えば、去って行く人は1/2になる。我慢した上に、1/8の人しか聞いてくれないんだったら、思ったことを素直に表現した方がよい

と言われた。・・・名言だ!しかし、彼は、自分のキャラじゃないという理由で、こういうことは自分のブログ(内容で面が割れてしまったとのことで、本業を考慮し、既に更新は停止)には書かないそうだ。それはちょっと勿体無いので、ここに書いておきます。


Bill Gatesの引退は既定路線だったのだろうと思う理由

Microsoft Announces Plans for July 2008 Transition for Bill Gates

遅かれ早かれ、Gatesの引退は既定路線だったと思う。(Web2.0時代のMicrosoftを担うのはGatesではなくOzzieだろう、という点については、この本にも書かせていただきました。)

Microsoftのガバナンスは、Gatesによる独裁から、複数人のエグゼクティブによる合議制(ローマ帝国の元老院政治がイメージ的に近いか)に変わり、同社の戦略は、今後はTechnology-drivenから、よりUser-oriented、ビジネス重視へ比重を移して行くのではないか。(完全に二者択一ではなく、割合として後者の重みが増すという意味で)

そう感じた理由は二つある。

1)他社、しかも他業界の大企業からのエグゼクティブ引き抜き

Microsoftがコーポレートガバナンスのフレームワークを変えようとしているのではないか?と感じ始めたのは、約1年前だった。かなりの要職に「外様」を採用し始めたことが印象的だったからだ。目立つところで言うと、CTOに買収したGrooveのRay Ozzie(2005年4月)、CFOにはInternational Paperから引き抜いたChris Liddell(2005年4月)、COOにはWal-martから引き抜いたKevin Turner(2005年8月)を、それぞれ抜擢している。

「外様」の採用が多い、というのに加えて、もう一つとても印象的なのは、同業他社ではなく、異業界(もっと伝統的な産業)の大企業からの引き抜きが結構多いことだ。ここでは全てを列記はできないが、最近も、DaimlerChryslerのプロダクト戦略担当副社長を採用したようだ。

若干余談だが、「アメリカ企業では終身雇用が崩壊していて、みんな2-3年で次々転職している」というイメージを持つ人が多いと思うが、確かにハイテクやIT業界ではそういう傾向があるとは言え、それ以外の業界、特に大企業では日本とあまり変わらないように見える。きちんとデータを取ったわけでないので、あくまで個人的主観的な印象だが、P&G勤続30年とか、Wal-mart勤続20年とか、ジョブローテーションしながら企業内でキャリアアップしていくのが一般的だと思う。(但し、昇進のスピードは日本企業より速く、早ければ30ソコソコで経営幹部と呼ばれるポジションに就く人も多い)

話をMicrosoftに戻す。Microsoftの人事というと、最近は、才能あるエンジニアをGoogle等に引き抜かれている話題の方が有名だし、正直に言うと、私はそれ以前のリクルーティング活動をマークしていないので、この1年ぐらいが以前と比べても格段に活発なのか、これぐらいの異動は前からあったのかは分からない。ただ、アメリカ企業の3トップであるCEO, CFO, COOのうち2名をわざわざ他社から連れてくると言うのは、やはり普通のことではないと思う。

2)GatesではなくOzzieによって出されたWeb2.0宣言

中島聡さんの記事、Ray Ozzieが「マイクロソフトのWeb2.0宣言」を書いた理由で指摘されているように、Microsoftが30年の歴史の中で、会社全体の方向性について全社員に対してメッセージが出されたことはたったの2回しかなく、しかも2回目のメモでは、Gatesから明確に「技術面のビジョンはRayに任せた」みたいなことを言われている。このメモは、Gatesの後継者がOzzieであること、リーダーのTransitionは時間の問題であること、そしてMicrosoftがWeb2.0時代も闘う気満々であることをアピールするために戦略的に公表されたものだったのだろう。

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但し、(人によって好き嫌いは分かれるかもしれないが、)技術とビジネス両面に長けているGates(※1)の存在は、やはり余人を以って換え難いだろう。組織の長期的・安定的な繁栄を目指すためには、今回の危機を乗り越えた後は、独裁から元老院政治へ変化していくことが必要なのだと思う。 私は独裁制自体を否定するつもりはないし、ある局面では合議を上回るメリットがあることは認めている。ただ、人間に寿命がある以上、代替わりできない組織は滅びていくしかない。

また、長い間Windowsを統括してきたJim AllchinがVista出荷後に引退することが発表され、Allchin引退後のPlatforms & Services Divisionはセールス・マーケティング畑出身のKevin Johnsonが率いることになっている。このようなマネジメントの陣容を見る限り、過去のビジネスの成功の立役者は去り、より大組織のマネジメントやオペレーション、セールス・マーケティングに長けた人材が集まり、Ozzieを支えていく体制を整えているのだろう。

言い換えれば、Microsoftは、組織的にイノベーションを創出・実行し続ける「大企業」としての力量を、これまで以上に意識しているように見える。足腰の強化は重要だ。但し、Microsoftが技術を売る会社である以上、適切な技術・製品が内側から生まれ出続けるかどうかは、もっと重要だと思う。果たして、それができるのかどうか?相当な難事業だとは思うが、今後も見ていこうと思う。

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」(※2)

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ジェフリー・サックス「貧困の終焉」

「偉大な思想には偉大なメロディーとの共通点がある。わかりやすく、身近で、記憶に残ること―一度聴いたら頭から離れず、いつまでもつきまとう。」(U2 ボノによる序文より)

ジェフリー・サックス「貧困の終焉」は、「私たちが生きているあいだに世界の貧困をなくすことについて書かれた本である。

最近ようやく、少しずつハッキリしてきたのだが、私の関心は、どうすれば日本のIT業界はもっと活性化するのか。ひいては、どうすれば日本(企業)がもっと国際的に活性化するのか、にある。(ものすごく壮大なテーマなので、これをもっと個別具体的な目標・アクションにブレイクダウンしていかなければならないのだが、「精神」としてはココに行きついた。)

その裏テーマとして、気になるのは、
日本がもっと活性化した国になったら、他の国の利益を奪うことになるのだろうか?
世界全体にとって持続可能な経済発展というのはあるのだろうか?

言い換えれば、要は、グローバル経済というものは、サイズが一定のパイの一片を各国が奪い合うようなものなのか、それとも(相対的な貧富の差はあるかもしれないが)参加者全員が絶対的に(以前と比べて)豊かになることができるものなのか?

トーマス・フリードマン「レクサスとオリーブの木」でも、グローバリゼーションを通じて各国が「絶対的に」豊かになったことが指摘されていたが、「貧困の終焉」は私の疑問に答えてくれる本だった。

●グローバル経済はWinner-takes-allのゼロサムゲームではない。

歴史を振り返ると、1800年頃までは世界中のどの国も(今日の水準から見れば)非常に貧しく、経済成長といえるようなものは殆どなかった。そして1800年からの180年間で、世界の経済活動(GWP)は49倍になった。紀元1000年からの800年間で1人当たりの所得は50%程度しか成長していないことと比較すると、いかに劇的な変化だったかが分かる。細かく、地域別にみていくと、アメリカは約2世紀の間、毎年1.7%程度のGNP成長を持続し、アフリカのGNP成長率は年0.7%だったそうだ。一見小さいと思えるこの差が積もり積もって、最も貧しいと言われるアフリカ経済も2世紀前に比べれば3倍になったが、アメリカは25倍の伸びを記録した。かくして最も豊かな地域と最も貧しい地域の格差は、この2世紀の間に4倍から20倍に広がったのである。

つまり、どの地域も成長を遂げているが、成長の仕方には地域によって大きな差があったため、豊かな国と貧しい国の格差が広がる結果になったと言える。

●経済成長を阻む原因は一意でもないし、単純でもない。

貧しい国々の中でも、成長できる国とできない国がある。その原因は複雑だが、明確に相関が認められているのは食糧生産性だそうだ。つまり、ヘクタール当たりの収穫量が多く、肥料の消費量も多い国は、貧しくても経済成長に成功する可能性が高い。

更に、その国の地理―港に適した海岸線があるか、海岸への物資の移動が容易であるかどうか等―や、乳幼児の死亡率(子どもの死亡率が高い国では、代償として、死亡率を上回る出生率となり、子ども一人一人に十分な栄養・教育が施されず、貧困からの脱出が更に困難になる)、国民の識字率、文化的な問題、政治情勢などが相互に複雑に絡みあっている。

●極度の貧困に苦しむ地域は自助努力だけでは貧困を脱出できないが、開発の一番下の梯子に足を掛けることができれば、その後は自力で成長することができる。

撲滅すべき貧困とは何か?サックス教授は、生存に必要最低限なものも満足に手に入らない状態を「極度の貧困」と説明している。世界銀行の定義によると、1人当たりの一日の収入が$1以下というものだ。極度の貧困にあって生きるために日々闘っている人々は、なんと全世界の人類の1/6も存在する。

なぜ、極度の貧困からは自力で脱出できないのか?ちょっと想像力を働かせば簡単だ。極度の貧困にある国では、土壌が痩せていたり、市場作物を作るための道具や技術がなかったり、運べる距離に市場が存在しない。また、子どもがすぐに死んでしまうので、たくさん子どもを持とうとする。そうなると、痩せた土地からできた穀物類は全て家族の口に入ってしまい、貯蓄する余裕はないからだ。肥料を買うこともできない。食糧生産性は上がらない。更に土壌が痩せていく。マラリアやエイズで一家の働き手が失われることも多い。

これに対比して、自力で「開発の梯子」を登り始めた例としてバングラデシュが紹介されていた。
1971年以来、1人当たりの所得は倍になり、乳児死亡率(新生児1000人に付き誕生から1歳未満で死亡する乳児の数)は145人から48人に減った。平均余命も44歳から62歳に伸びた。

ダッカでは、アパレル業界で働く若い女性達が経済を、そして社会を変えつつある。毎朝仕事場まで片道2時間掛けて歩いて通勤し、12時間殆ど休憩なしで働き、セクハラの危険にも晒されている。しかし、彼女達は、この仕事をそれまで考えられなかった大きなチャンスだと考えている。もしこの仕事がなければ、彼女達は、読み書きもできず、学校へもいけず、親の決めた相手と結婚させられ10代のうちから5人も6人も子どもを生まざるを得なかったが、アパレル工場で働き始めて、わずかな賃金の中から何とか貯金をひねり出し、自分の部屋を持ち、いつ誰とデートをし、結婚するのか、子どもをいつ、何人持つのかを自分で決め、そして更に仕事に役立つスキルを身に付けたいと語っていたそうだ。

もっと高い賃金を払え、さもなけば工場を閉鎖しろと豊かな国の活動家は言うかもしれないが、もし高い賃金を払った結果、価格競争力や生産性の低下によって工場が潰れたら、彼女達は元の生活に戻らなければならない。アメリカに移民で渡ってきた人達も貧しく、同じような仕事からスタートした、これは「産業化の最初の段階」だというのがサックス教授の指摘である。

●では、どうすれば世界から極度の貧困をなくせるのか?

サックス教授は具体的に数字を挙げて、案を提示している。ドナー22カ国がGNPの0.7%(1,240億ドル)を拠出すれば極貧層を基本的なニーズが満たせるレベルまで引き上げることができる、のだそうだ。更に言えば、この額は、ドナー諸国が既に約束しているODAの範囲内で納まるのである。アメリカがその目標を達成するための具体的な方策として、20万ドルを超える所得に5%の追加税を課し、その分は世界の貧困をなくすためのアメリカの分担金に回す(2004年時点で約400億ドル)ことを提言している。

・・・とまぁ、「貧困の終焉」について熱く語ってしまったが、この本は素晴らしい。主張は極めてシンプルで大胆、しかし論証は緻密である。私は開発経済学という分野があることすら良く知らなかった素人なので、もしかして専門家の方が読んだら違う感想を持つのかもしれないが、この本がなかったら2006年時点で私が「知らなかったこと」はあまりに多い。また、個人的には、高い専門性と職業倫理を持ち、世の中に対してポジティブで良い価値を生み出すメッセージを強く打ち出し、実際に貧しい国の経済政策の立案・実行にコミットするという、サックス教授の生き方に感銘を受けた。具体的な各国のケースも非常に勉強になったし、論理展開の仕方を学ぶ教科書としても、「職業人として、このようにありたいものだ」と感じさせられるという意味でも、私にとっては良い本だった。

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