Paul McCartney Live @ HP Pavilion
"Platform Leadership"

Big Blueはどこへ行くのか

IBMは、かつて(今も?)世界最大のコンピュータメーカであり、今日では、世界最大級のサービスプロバイダである。IT業界の歴史を振り返り、また今後を予測する上で、この会社を抜きにしては語れないと思う。

IBMの2004年の売上高は、グローバルで約$98billion(≒10兆円)、そのうち48%を、IBM Global Business Servicesという名称で知られるコンサルティング・S部門があげている。

また、セグメント別に見ると、最も利益率が高いのはソフトウェア部門である(粗利率87.3%)




(※グラフの単位はmillion。数値は全てグローバル、同社のアニュアルレポートによる。)

ここで言う「ソフトウェア」に含まれるのは基本的にパッケージソフトウェアで、内訳は、OS、WebSphereシリーズ、 Lotus、Rationalグループ製品 等のライセンスとサポート料である。従って、顧客のニーズに応じて都度カスタムメイドされるソフトウェアは「サービス」部門の売上とされている。ソフトウェアの粗利率が、労働集約的なサービスや、部品等物理的なコストが常に掛かるハードウェアに比べて高いのは、「ソフトウェア企業の競争戦略」等でも述べられている通り、なるほど納得である。中でも、IBMのソフトウェア部門に対する投資のうち、9割がミドルウェア製品群=WebSphereが対象だそうだ。Middleware, Inc.と呼ばれる所以である。

典型的なFortune 1000企業では、平均してアプリケーションを48個、データベースを14個持っており、IT予算の7割はデータのインテグレーションに使われている(IDC)、または、35-40%のプログラミングコストは異なるデータベース・レガシーシステム間のデータのTransferに使われている(Gartner)と言われる今日、カスタム・ソリューションにミドルウェアは欠かせない要素なのだろう。

顧客に密着してコンサルティング・SIを売り、その過程で高収益商品・WebSphereを売り、更にサーバを売る、これが今日のIBMの勝ちパターンだと言える。

IBMのLinuxコミュニティへの貢献・サーバ仮想化技術への集中 といった取組みも、「サービス志向」な同社の戦略の一環として考えると、辻褄が合う。

(これは私見だが)独自OSによる「ベンダーロックイン」をやめ、OSはみんなで作る業界の共有財産という方向に最もうまくシフトしているのは、 IBMだと思う。手間とコストの掛かるOSの開発を自社1社でやらず、業界全体の標準としてサポートし、ハードウェア、もしくは、アプリケーションのレイヤで勝負しているのである。

    #夢のない意見だが、私自身は、OSや各種アプリケーションの「オープンソース化」というのは、バリューチェーン内で顧客が喜んでプレミアム価格を支払うポイントが変わってきただけなのではないか?という仮説を持っている。

また、これは未検証だが、サーバというのは、本体の値段よりも、買った後の手間の方がよほど大きいのではないだろうか。どこのDCのどのラックに置くんだ、電源は足りるのか、通信回線はどうする、管理はどこの誰がやるのか、等など。最近では、資産は極力リース等にして、重たい設備を購入しない企業も増えている。あくまで、顧客が求めているのは、サーバという箱そのものではなく、仕事を処理するための能力だと考えると、「処理能力をサービスとして買いたい、使った分だけ払いたい」ニーズは今後もますます高まるのではないか。

仮想化技術・オンデマンドコンピューティング等の切り口で見ると、このような顧客企業のニーズに最もうまく反応しているのもIBMだという印象を私は受けた(極めてザックリした定性的なリサーチの結果だが)。

同社メインフレームに対する依然高い顧客ロイヤルティ、市場シェアNo. 1のミドルウェア、そしてサービス・SI分野における強いプレゼンス等、IBMは、今日のIT業界において最も有力な企業の一つである。更に、プロダクトベースから、プロダクト+サービスのハイブリッド型ビジネスにうまく変化していること、また、オープンソース化のような業界の新しい波をうまく味方に付けていること等、今後も最も注目すべき企業の一つだと思っている。

弱みを探すと、サービス・SIに対する顧客満足度が高くない(可能性がある)ことだろうか。ユーザ企業の情報システム部門ごと買収し業務を請負うアウトソーシングの分野で、IBMはトップを走っているように思われたが、途中で契約が解除されたり、契約更新されないケースが散見される点が気になる。

世界のメインフレーム市場のシェア8割を誇ったコンピュータメーカを作ったIBMer達はすごい。パーソナルコンピュータのアーキテクチャをモジュール化し、IT業界に爆発的な成長をもたらすキッカケを作ったIBMerもすごい。しかし、「コンピュータメーカ」として、業界随一のポジションを築き上げた企業を、こうも見事に「サービスプロバイダ」に変貌させたルイ・ガースナーの手腕は、本当にすごい。彼は勿論、尊敬されてはいるのだろうが、マスコミ受けが悪いせいで損していると思う。個人的には、もっと評価されて良い経営者だと思う。

そこそこうまく行っている(と少なくとも周りは思っている)会社を変えるマネジメントは難しいからである

"Good is the enemy of great." (Jim Collins)


※お断り:ホントはコンピュータの歴史を振り返るために、IBMの過去を振り返ってみようと思ってたのですが、クスマノの本で良くカバーされていることに気が付いたので、それはやめ、「今日」について、私の調べたことをまとめました。

※お断り2:このブログに書かれている内容は、全て私個人の見解で、所属する企業・組織の公式見解とは関係ありません。また、分析の根拠となった情報は全て公開されているもので、業務上知りえた機密等は一切利用しておりません。

Comments

伴大作

#夢のない意見だが、私自身は、OSや各種アプリケーションの「オープンソース化」というのは、バリューチェーン内で顧客が喜んでプレミアム価格を支払うポイントが変わってきただけなのではないか?という仮説を持っている。

このコメントは素晴らしいですね。処で、僕10年程前お書きになっていたIDC(International Data Corporation本社Framinbham, Masachusetts)の日本法人に調査責任者で在籍していました。

IBMは時代を敏感に察知していますね。サンマイクロシステムズはその点で完全に出遅れた感じがします。
コミュニティを作ったのはサンかもしれませんが、上手いこと
動かすのはIBMですね。その辺に差があると思います。

それだけIBMはユーザを見ているということですかね???

Tomomi

IDCですか~すごいですね~!(しかも日本の調査責任者…!!)>>伴さま

Sun Microsystemsは確かに現状うまくいってない感じがします。
ご指摘の通り、コミュニティやJava等、取組みとしてはユニークだし、ポテンシャルはあるのですが、
それが儲けに繋がってないように見えます。
ただ、今になって"The Network is The Computer"は、"来そう"な予感がしています。
実は少し前から、コンピュータ業界のNext waveのキープレイヤーとなるのはSunじゃないか?
(Sun自身が儲かるかどうかは別として)
と思っていたのです。Sunについては、次の次あたりで書こうと思っていました(笑)

IBMは一番総合力がありますし、うまく経営されている会社だなあと思いました。
また、何をしようとしているのかがすごく分かりやすいので、「うまく行ってる例」として
最初に取り上げました。

もう一つの「うまく行ってる例」として、次は、本当はIntelについて書きたいのですが、
Platform Leadershipが読み切れてないので、もしかしたらHewlett-Packardになるかもしれません。
hpは「うまく行ってない例」なのですが、Sunと違って分かりやすいので書きやすいから(笑)

伴大作

IDC遠い昔のことです。
でも、IDGグループとは相変わらずお付き合いを続けています。
以前書きましたが、サンマイクロシステムズはGRIDのテクノロジーで先駆者の一つです。最も実用化に近いシステムも同社のN1グリッドです。最近バージョン6になりましたが、それなりに注目しています。でも、日本では現地法人にまったくやる気がありません。完全にIBMの後塵を拝している状況です。
ビルジョイが居た頃に彼がやっていたJXTAはLiverty AllianceもInternet上でヘテロコンピューティング環境でのグリッド構築という画期的な試みで期待していたのですが、
それも彼の退職とともに潰えてしまったようです。

ご指摘のように業績がぱっとしません。但し、キャッシュフローは潤沢だとスコット・マクネリは言い続けているようですが、アンディ・ベクトルシャイムも戻ってきましたが、何となしに魅力が失われてしまいました。
JAVA10周年はサンマイクロの業界リーダーであったことの終わりを意味するのかもしれませんね。

コンピュータ業界の地殻変動は続いています。ハードからソフト、そしてWeb或いはサービスにと。IBMからマイクロソフト、オラクルへ、GoogleとAmazonへと中心が動いているのも地殻変動のなせる業です。

話は変わりますが、第三世代以降の携帯電話は正にパソコンです。今後はこのようなミニ・クライアントにサービスを提供するかたちのネットワーク・サーバー・ベース・コンピューティングに移行するのだと思っています。(ユビキタスの活動もその辺を中心に活動しています。)

Tomomi

伴さま、
いつも色々とご教示ありがとうございます。
携帯電話がPCに近づくというか境目がなくなるというか、確かに感じますね。

Microsoftが最近携帯に色気を出していて、米国ではWindows CEが入っている機種が
けっこうあるので、注目していました。ただ、CEは動作が不安定だというので
デベロッパーの間では、現時点ではあまり評判がよろしくないようです。
ただ、将来的にはPCと同じようにモジュール化・コモディティ化の道を歩む可能性が
高いのでしょうね。

SW

いいですね。これ。

> バリューチェーン内で顧客が喜んでプレミアム価格を支払うポイント

この点ですが、インターネット、エンタープライズ、広告とメディア全部を整理して考えないともしかしたら答えは出ないかもしれないと考え始めてます。ちょっとげんなりしてます(涙

Tomomi

SWさん

>広告とメディア

実は私、まだあんまりコレ、ピンと来てないんですよ。。。。。
昔気質の頑固親父なもので(笑)

伴大作

何度も徘徊して申し訳ありません。

そもそも、IBMユーザとはガスナーが社長に就任した折に、
Fortune500に登録されている企業を指すとまで言っている
通り、ITにかける投資資金を潤沢に持っている企業を
対象にしています。
従って、彼等は如何に安いコストで高性能のマシンを何とか
安定して運用させようなんて気持ちは殆どありません。
それより、ライバル企業が参ったというような先進的な
サービスをいち早く安定的に提供する事に注力しています。
従って、その場合最も重要なポイントはシステム開発力と
運用上の安定性です。だから、多少高いことが解っていてもIBMを使い続けるのだと思っています。つまり、仰せの如く
IBMは製品よりサービスでユーザにアピールする事で競争を
回避していると見るべきでしょう。
その一方、これまでは殆ど手を出さなかった、科学系の
コンピュータ市場でも大きなシェアを確保するようになりました。
これも地殻変動の一つでしょうね。前述したかもしれませんが、既にクライアントの代表であるパソコンはまともなコンピュータベンダーが製造販売するにはあまりにコストが下がりすぎています。LenovoにPSGを売却したのはその事を完全に理解している事を証明しています。
小生が書いた今後ユビキタスネットワークが普及するとしても、クライアント側で処理するなんて事は殆どなく、アプリケーションの多くがサーバー上で実行され結果だけをクライアントに送り返す処理が増加します。その場合、今までより一層サーバービジネスでの成否が重要となると思っています。

今までの動向を見る限り、王国とまで称されるマイクロソフトに対し、IBMのほうが遥かに上手に対応しているように思えます。

「オープンソース化」というのは、バリューチェーン内で顧客が喜んでプレミアム価格を支払うポイントが変わってきただけなのではないか?という仮説は誠に正しいと思います。

但し、SWさんには申し訳ないのですが、「インターネット、エンタープライズ、広告とメディア全部を整理して考えないと」とのご意見に対してはインターネット全体を考え直す時期には差し掛かっていると思いますが、公告やメディア迄含めてIBMが考えているとは思えません。


SW

をを、コメント頂いていることに気づかず。

> 公告やメディア迄含めてIBMが考えているとは思えません。

これはIBMの議論でなく純粋な産業分析としてです。

Blueが考えているのはおっしゃっている通りの範囲ですよね。そこから先はコンピューターとインターネットとメディア広告が渾然一体となって再定義されつつある市場全体というなんとも掴みがたいテーマで捉えています。
(AD Techが大規模に成立するのは同じ理由です)

Tomomi

>>伴さん
Fat server, Thin clientの発想はまさにSunのビジョンですね。
これを80年代に打ち出していたSunの先見性には驚くばかりです。
一方で、賢くなるのはクライアントで、Pier-to-pier型のコンピューティング
が主流になるのではないか?という考えもありますね。
どちらが主流になるんだろう?というのは、実は私自身はまだ自分の意見を
決めかねています。

>>SWさん
「伴さんが名指ししてますよ」って言った方が良いのかなあ、と、
ちょっと悩んでました。反応遅くってごめんなさい。

確かに(クスマノが言うところの「最もベンチャーを誘惑する」)
「コンシューマー向け・Horizontal・プラットフォーム」のセグメントでは
「広告」が主戦場になっている感はありますね。
インターネット企業大手(Microsoft, Google, Yahoo等)がひしめいてますから。

ただ、一昔前(2000年頃)のインターネットバブルの時も、
「課金システム作りこんで、顧客管理して、みたいな手間隙考えれば、
タダにしてユーザー集めて広告ビジネスで稼げばいいじゃん」みたいな議論が
あったと思うのですが、結果としては不発だったよな~。。と思ったり。

「インターネットの本質はPullである」と私はずっと思ってるので
(要は、自分が必要な事は自分で調べるから、余計なことはするなと)
GoogleのAdSense/AdWordsや、Amazonのレコメンデーションは「セーフ」として、
それ以上の広告は、私は正直鬱陶しいと思うし、
広告ビジネスが今後ホントに大きくなるのかについては若干懐疑的です。
(インターネット接続プロバイダも「広告で無料」モデルは流行らなかったし
電話もかなり安くはなったけど、広告入り電話はイマイチブレイクしてない)

広告産業の中で、メディアミックス(?)がインターネットにシフトしている
というのは理解できますし、コンピューティングにおけるインターネットの
重要性が高まるだろうというのは同感ですが、
それがコンピューター業界全体、家電なども含めたコンシューマー向けハイテク
全体の中でどれぐらいになるのかなあ。。。。というのが今の素直な感想です。

SW

> それがコンピューター業界全体、家電なども含めたコンシューマー向けハイテク
> 全体の中でどれぐらいになるのかなあ。。。。というのが今の素直な感想です。

そうですよね、この感想が一番素直なのだと思います。
産業規模を比較すれば「無理あるんじゃない?」というのはすぐ出てくるはずなんですけど、以外とそういう指摘聞かないのが世の中面白いところです。

※考える人は当然のごとく考えているでしょうが、メディアのレベルでは情報として出てきてないですね。

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