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M・クスマノ「ソフトウェア企業の競争戦略」

私が言いたかった・知りたかったのは、これだ…!」と衝撃を受けました。(偉そうですか?すいません)

ソフトウエア企業の競争戦略
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「ソフトウェア企業の競争戦略」の結論をまとめると、

  • ソフトウェアは、一度作ってしまえば複製コストはタダ。たくさん売れば売るほど儲かる。
  • しかし一度ソフトウェアを買ったら、同じものを二度買う人はいない。従って、ソフトウェア企業は、製品に次々に新しい機能を追加するなどして需要を喚起し続けなければならない。
  • 殆どのソフトウェア企業において、徐々に売上高に占めるサービス(コンサルティング・カスタマイズ・メンテナンス・サポート)の割合は高くなっていく。
  • サービスは、ソフトウェアのライセンスに比べると労働集約的で利幅が低いが、継続して安定した収入が入ってくるというメリットがある。
  • 殆どのソフトウェア企業が、「ライセンスとサービス」の組合せで商売をする「ハイブリッド型」になっている、というか、そうならざるを得ない。
  • 「世界中にパソコンはXX台あるから、その5%に入ったとしても、XXになる!」という試算はあまりに魅力的なため、多くのスタートアップがコン シューマ向けでHorizontalなソリューションを売ろうとする。しかし、これは成功すれば巨万の富が得られる反面、非常に難しい。
  • ヒット商品や、支配的なプラットフォームを持たない場合において、ソフトウェア企業が成功するための最も現実的なアプローチは、「高めの価格が設 定でき、サービスに対してお金を払う意欲が高い」法人企業に対して「ライセンスとサービス」を提供する「ハイブリッド型」である。

前から漠然と「たぶんこうじゃないかなあ、きちんと検証したいなあ」と思っていたものも幾つかありました。が、モヤモヤしていたことが、 スッキリと提示されており、感動しました。

しかしながら、ソフトウェア業界の原則論が上記だとしても、幾つか、例外的にライセンス販売を主体として大きくなった会社もあります。具体的には、例えばMicrosoftです。補完製品を他社がたくさん作る、プラットフォームとしてのポジションを獲得しているからです。

みんながプラットフォームになりたがっているのですが、成功した企業は一体何が違ったのか?が、今一番気になっています。そんなわけで、渡辺聡さんもお勧めの「プラットフォームリーダーシップ」を読むことにしました。

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コンピュータ業界でモジュール化が成功した幾つかの理由

「現在コンピュータ業界のリーディング企業が一体何で儲けているのか、今後どちらに向かおうとしているか、各社の取組みや戦略を公開情報から分析」すると言ったのですが、個別企業の戦略・取組みを考える前に、まずは業界全体がどういう競争原理で動いているか、私の理解をまとめたいと思います。

コンピュータのそれぞれの部品が相互依存的な関係にあり、1つの会社が全体を開発する必要があった時代から、IBMのシステム/360によって、それぞれの部品が独自に進化を遂げることが可能になったため、イノベーションのスピードが著しく加速した

というのが「コンピュータ業界に訪れた転換点とは」で書いたことです。

これを、「製品アーキテクチャのモジュール化」という観点で私は捉えています。モジュール型のアーキテクチャには、多くのメリットがあります。しかし、「そんなに良いなら、どの業界もモジュール化すれば良いんじゃないの?」と単純には行きません。なぜなら、それは大変難しく、成功するためには色々な条件があるからです。

  • そもそも、なぜコンピュータ・IT業界ではモジュール化が成立したのか
  • 製品アーキテクチャのモジュール化がもたらすメリット、デメリットとは何か

について、以下、整理します。

■モジュール化のメリット

  • 製品に対する機能付加、機能削除が容易になる
  • 設計・開発業務を短期間で行なえる
  • 複雑な製品を開発するのが容易である

■モジュール化のデメリット(というか、課題?)

  • 製品を分割しなければならないが、その分割ルールの設計が難しい
  • コストが掛かる(ルールを作り、業界に普及させる時間と手間、検証のための実験、企業間取引コスト)
  • 競争が厳しい

■モジュール化を成功させる要因

  • 各モジュールに対する実験(参入企業数)が多いこと→不確実性の高い実験の場合、分離・独立した組織がそれぞれ実験を行なうほうが成功の確率が高くなる。
  • 成功した場合に得られる利益が大きいこと(Winner-takes-all)→参入企業数を増やすし、参入企業を応援するベンチャーキャピタルの資金援助も期待できる
  • 競争の激しい分野であること(競争が激しいほど技術革新も激しい)
  • フェアな競争が行なわれているということを参加者が信頼していること

まとめると、ある製品アーキテクチャをモジュール化することによって、多くの富が創出されると皆が期待しており、小さな組織が多数競争に参入することが可能で、競争のEnablerとしての資金提供・競争のレフェリーとしてのベンチャーキャピタリスト等の存在があり、参入企業の信頼を得ていること、こういう条件が揃う場合、最もモジュール化はうまくいきやすい。ということになります。

これを見ると、小さいベンチャー企業が多数林立するシリコンバレーの興隆と、産業アーキテクチャとの間には密接な関係があることが分かる気がします。

#シリコンバレーはかなり特異な土地で、他にも色々な要因が絡み合っているので、産業アーキテクチャだけ真似すれば、すぐに他の土地にもシリコンバレーが作れる!とは言えないのですが

加えて、クリステンセン「イノベーションへの解」で指摘されている、

新しい製品の市場が立ち上がる際には、当初は、性能や技術改良のスピードが十分な顧客のニーズを満たせない。従って、最適化された相互依存アーキテク チャを持ち、統合が進んだ企業が最も成功する。しかし、性能が十分なレベルに達すると(より正確に言うと「顧客の利用能力を上回ると」)モジュール特化型 メーカが優位を獲得する。

つまり、その産業の成熟度が、顧客の利用能力に比較してどの段階にあるのか?によって、モジュール型アーキテクチャが適しているかどうかが分かるというのも、大変興味深いポイントでした。

それでは、モジュール化されたコンピュータ業界で、今日儲けているのは誰か?彼ら/彼女らは、どうやってそのポジションを獲得したのか?を、次回以降に考えてみたいと思います。


生きてゆく意味

久々に泣いた。

60年ぶりのスケッチ

フィリピンの戦場で、日本兵の遺した瑞々しく美しいスケッチブックに心惹かれ、持ち帰ってずっと自宅に保管していたアメリカ人。

60年の時と7,000マイルの距離を超え、父のスケッチブックは、ニューオーリンズから広島に住む娘の許に戻った。

暑さ、伝染病、敵兵への猜疑心、憎しみ。人が人を殺す戦場で、敵国の兵士に人間の心を取り戻させた家族への愛情。明日をも知れない毎日の中で、敵国の兵士のスケッチブックを大事に持ち帰った優しさ。60年を経た後も、いや、半世紀以上が過ぎたからかもしれないが、多くの人の善意と手を経て、1冊のスケッチブックが故郷に帰れたという話だ。

ビデオカメラに向かい、父の命を奪った敵国軍の元兵士に対して、「こんな大きくなりました」とスケッチブックと自分の顔を並べて、泣きながら御礼を述べる娘と、

「彼女のお父さんとは全く別のところにいたのに、こうして繋がっている」「もうこの世で思い残すことはない」と、自分の娘との再会を喜ぶかのような1人の老人。

そこには、敵も味方もなく、ただ、家族を想う父の心、記憶にない父の愛を確かに受け止めた娘、家族を想う父を見守る人の無償の優しさがある。

このような話を聞くと、しみじみ考えさせられる。
私が、誰かのために役に立てることって何だろう、と。
誰かに、どのように役に立てると私は嬉しいんだろう、と。
あえて堅く言うなら、「人間の尊厳」「生きている意味」ということかもしれない。

ここで話は変わる。

ハリケーン・カトリーナの報道を見ていて、不自然だと思った人はいないだろうか?
被災者に、あまりに黒人が多いからだ。

気になったので、2000年のUS Censusを調べてみたら、ニューオーリンズの人口・約48万人のうち、黒人の比率が67%、32,5000人だった。

表立って言われてはいないが、カトリーナへの対応・救援活動が遅れた理由の一つに、人種差別があるのではないか、という話がある。