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コンピュータ業界に訪れた転換点とは

今日は前に予告した「コンピュータ業界の歴史を振り返る」の第一弾として、1964年のIBM システム/360のことを書きます。コンピュータ業界を語る際には必ず出てくる話なので、既にご存知の方はスルーしてください。

システム/360以前に市場に存在していたメインフレームは、それぞれ独自の仕様で開発されており、他のメーカー・コンピュータとの互換性がなく、固有のOS、プロセッサ、周辺機器、アプリケーションを持っていました。新しいハードに切り替えるときは、全てのプログラムを書き換えなければならないため、多くの顧客が新機種のリース・購入に消極的でした。

このような状況を打開するため、システム/360の設計者は、プロセッサと周辺機器の設計を分解し、互いに独立して設計・開発されたモジュールが相互に正しく機能するための明示的・包括的なデザイン・ルールを構築したのでした。

これは、IBMにとっても顧客にとっても、そして業界全体にとっても、大きな金銭的成功を生みました。サプライヤやIBMの各部門が独立してそれぞれ特定のモジュールに集中して取組んだことで、イノベーションのスピードは著しく加速しました。その結果、他のメインフレームメーカの多くが撤退、もしくはニッチ市場に追いやられたとされています。

IBMがアーキテクチャをモジュール化(*) したことは、業界に新たな成長の波をもたらしましたが、長期的にみるとIBMの覇権(かつてはメインフレーム・コンピュータ産業の7割の市場シェアを持ち、業界全体の利益の95%を占めていた)を失わせる結果となりました。

(*)やや冗長ですが、念のため、青木昌彦・安藤晴彦編著「モジュール化」の定義をここに引用しておきます。

  • 「モジュール」とは、半自立的なサブシステムであって、他の同様なサブシステムと一定のルールに基づいて互いに連結することにより、より複雑なシステムまたはプロセスを構成するもの
  • 一つの複雑なシステムまたはプロセスを一定の連結ルールに基づいて、独立に設計されうる半自立的なサブシステムに分解することが「モジュール化」
  • ある(連結)ルールの下で独立に設計されうるサブシステム(モジュール)を統合して、複雑なシステムまたはプロセスを構成することが「モジュラリティ」

クレイトン・クリステンセン「イノベーションへの解」によると、メインフレームのみならず、同じ破壊的イノベーションの波はミニコンピュータとパーソナルコンピュータの市場でも起こっています。これを示した分かりやすい図があったので載せておきます。

図の出典は、MIT SloanのOperation Managementの講義資料(と思われる)です。何か検索しててたまたま見つけたんですが、今回ピッタリだったので借りました。資料の中身も、今回書いたようなトピックを扱っていて結構面白かったです。

このような破壊的イノベーションの波を乗り越えるために企業はどう振舞うべきか?クリステンセンの主張からポイントを要約すると、

新しい製品の市場が立ち上がる際には、当初は、性能や技術化医療のスピードが十分な顧客のニーズを満たせない。従って、最適化された相互依存アーキテクチャを持ち、統合が進んだ企業が最も成功する。しかし、性能が十分なレベルに達すると(より正確に言うと「顧客の利用能力を上回ると」)モジュール特化型メーカが優位を獲得する。

従って、自社が何をするべきか?を考える際には、自社の製品やそれの属する業界は、現在顧客の利用能力に対してどの段階にあるのかを見極めなければなりません。何を自社内で行ない、何をアウトソーシングするのか(自社の「コア・コンピタンス」を定義する、と言い換えても良いかも)を決める際には、自分が得意だと自負する業務ではなく、顧客が高く評価する業務を行なうことがカギとなります。また、バリューチェーン上で顧客が高く評価する業務は常に変化しているため、「これから金が向かう場所」へ移動しつづける能力が必要ということになります。

ちなみに、現時点のパーソナルコンピュータ産業では、誰が顧客に高く評価されているか?をよく示しているのが、クリステンセン「イノベーションへの解」の図6-1「PC産業の製品バリューチェーンにおける金の流れ」です。IntelとMicrosoft、そしてDRAMの機器製造メーカ・アプライドマテリアルズ、ディスクドライブではヘッドとディスクの設計製造、にお金が流れている構図が分かりやすいです。

また、青木昌彦・安藤晴彦編著「モジュール化」の図3-1「コンピュータ産業の市場価値」をみると、1996年の時点で、IBMの市場価値をIntelとMicrosoftが上回っている(並びにEx-IntelとEx-Microsoft)ことが分かります。

ここまで来ると、必ず浮かぶ疑問が「これまでお金が流れてきた企業・モジュールがどこかは分かったけど、じゃあこれからはどうなるの?」だと思います。

たぶんそれが分かったら大儲けできるんだろうな(笑)と思うのですが、私も正直よく分かりません。「モジュール化」理論の大家・ボールドウィンまで「モジュール化された市場で、誰がどうすれば利益を確保できるのか」が分かったら学者を辞めるとまで言ってるらしいですし。

そんなわけで、次回以降は、現在コンピュータ業界のリーディング企業が一体何で儲けているのか、今後どちらに向かおうとしているか、各社の取組みや戦略を公開情報から分析してみようと思います。


Glacier National Park

先週夏休みを取って、グレイシャー国立公園へ行って来ました!

1910年に国立公園化され、1932年には国際平和公園に指定され(カナダとの国境を隔てて、アメリカ側がグレイシャー、カナダ側がウォータートン。国境をまたがっている唯一の国立公園)1995年には、世界遺産に指定されています。

一番古い地層は、7,500万年ほど昔は海底にあったもので、その後隆起し、氷河に削られて、山々ができています。大陸分水嶺 (Continental Divide) にあたるため生態系が複雑で、MaritimeとPrairie, 南北ロッキー山脈の植物・動物が存在しているそうです。

公園内で1,000メートル以上標高差があるので、1週間の滞在中に、晴れも曇りも雨も雪も体験できてしまいました。ちなみに雪のローガンパスはフツー に氷点下でした…。

100万エーカーもの土地には色とりどりの花が咲き乱れ、70種類以上の哺乳類、260種類以上の鳥類が住むというのも納得の、とってもきれいなところでした。青や緑の鮮やかな山や湖もとてもよかったですが、個人的には、やっぱり野生動物たちとの遭遇が一番楽しかったです。

グレイシャー名物(?)のマウンテンゴートやマーモットとローガンパスでお散歩したり、ハイライントレイルでビッグホーンシープとすれ違ったり、セントメリーレイクでミュール鹿のお食事シーンを見たり、野生の動物の息づかいを間近で感じて心洗われました。中でも、ハイラインでナキウサギを目の前で見たのが一番の思い出です。空気と水がきれいな高山にしか住まない動物で、アメリカでも間近で見れる場所はかなり限られているだけに、感激もひとしおでした。

岩場にもぐりこむ小さい動物の背中とお尻を見かけ、「これは地リスと違う!」と思い、その岩の前に座りこんで待っていたら、「ヂィーッ」と地リスより低くて長めの鳴き声に続いて、ひょっこりナキウサギが顔を出したのでした。ダンナと2人「あっ」と息を呑んだだけで驚いて遠くに逃げてしまったので、写真を撮る暇もありませんでしたが…。小さくてつぶらな目と耳が可愛かった~♪ ハイライントレイルを18Km歩いた苦労が報われた!

余談ですが、「マウンテンゴートは年中真っ白だから、山で目立ちすぎじゃない?」というのがずっと疑問でしたが、マウンテンゴートが住む高地はほぼ1年を通じて雪が降るので、岩場に雪がちらほら残っていて、白は保護色になり意外と目立たないことが分かりました。それ以前に、マウンテンゴートがねぐらとする断崖はあまりに切り立っていて(絶壁、といったほうがいいかも)他の大きな動物は登れないんじゃないか?とも思いましたが。

今回見なかったのはクマですが、私達の旅行期間中に、Grinnell Glacier Trailでハイキング中の父娘がグリズリーに噛まれ、更にトレイルから30フィート転落という事件があったので、むしろ見なくてラッキーだったかもしれません…。

グレイシャーへ行く方へのアドバイスは、

  • 花を見るなら8月上旬頃までに行くべし(8月末では終わりかけ。ベアグラスは枯れていた)
  • 晴れの日は景色が抜群なので写真撮影するべし。曇りの日は寒さが好きな動物を探すべし(晴れた昼間はマウンテンゴート等には暑すぎるらしい。晴れの日は朝夕が動物を見るチャンス)
  • 野生動物は小心なので、出くわしたら気長に腰を据えて待つべし(そのうち動物の方が人間を見慣れて、かなり接近できることがある)
  • 気休めかもしれないが、クマ除けの鈴は付けるべし(土産物屋で$1前後で売ってます)
  • 車は中型サイズ以下を借りるべし(道が狭いため。大型車では道中難儀しそう)
  • やはり野に置け蓮華草(Keep Wild Life Wild)

これからのコンピューターとは

電子媒体で保存しておいたはずのファイル名やディレクトリの場所が思い出せなかったり、パソコンのハードディスクを検索するよりも、「本棚の、何段目の、あの辺にあるドッチファイルに綴じてある、あんな色の紙」というイメージを思い出すほうが、ラクだったりしませんか?

私事ですが、最近妙にシゴトが忙しく(要領が悪いとも言う…)どうすれば自分の生産性は少しでも上がるのか、情報検索時間を短縮できるのかが、かなりクリティカルな関心事でした。

そんなある日、川原英哉さんにLooking Glassについてお話を伺った際に出てきた、ファイル名・ファイルの種類・ファイルの所在(ディレクトリ)を基にした現在のファイルシステム(UIのほうが適切かな)は、本来あるべき姿なのか?ただ慣れてるから、それが当たり前だと思っているだけなのでは?は、わたし的にモヤモヤしていたテーマにまさにフィットする言葉でした。

そんなわけで、これを契機に、以下の二つを考えてみようと思います。

  1. 前回エントリした「ナレッジワーカーは情報の検索にかなりの時間を費やしている」というチャレンジに対する私自身の取組みと、「ナレッジワーカーの仕事を支援するITはどうあって欲しいか」
  2. 今後OSというのはどうなるのか、「OSを支配する者がコンピューター業界を支配する」構図はどうなるのか。その前提として、そもそもこれまでのコンピューター業界はどのように変わってきたのか

今日は1です。

●私の「捨てる技術」「記憶するプロセス」

社会人なりたての頃、「ローカル(ハードディスク)で3階層以上ディレクトリを掘る人はPCオタク」と、ある友人に言われたことがあります。今となっては、かなり時代を表す象徴的な言葉のように思いますが。

当時は私も、深く細かく階層を掘ってファイルを分類するのが好きだった(*) のですが、最近は「この用事を済ませるために使うファイルはココ」と、案件別・時系列順にザックリ分類するようになりました。更に、ブログを使うようになってからは「コレはイイ!」と思ったデータはブログ(イントラの)にアップロードしておくようになりました。

(*) 当時は開発をしていたという職種の違いや、ファイル名とかディレクトリとか覚えられなくなった(ヨボヨボ)という老化現象の影響もあるかも知れません

さて、私の日々の作業の流れを、ローテクでお恥ずかしいですが正直に告白しますと、

  1. 雑誌をパラパラとめくって、目に付いた記事を破り取る
  2. 本体は捨て、読みたい記事だけまとめる(ここで劇的に量が減る。差し迫って「このトピックに関する記事だけ欲しい」場合は分類するが、基本的に時系列順のまま)
  3. 「へえ~」で片付く記事は読んだら捨て、データが載っているとか、ものすごく重要でレポートに使いたい、引用したいものだけ選り分ける(更に量が減る)
  4. ブログにアップする。電子媒体のある記事はURLやファイルにリンク(これで殆どの情報は整理が付く)
  5. 紙しかないものはスクラップ。自分的に「これ大事」と思ったものはスキャンしてアップしておく。

雑誌は色々取っているので、週に2-3回程度まとめて見ます。もっと間が空くこともあります。オンラインで見てブックマーク、という方法にもトライしたのですが、私には向いていないようです。見出しだけでは後で何だったか思い出せないことが多く、結局溜めこんでしまいました。紙媒体だと、物理的に場所を取るので「捨てなきゃ」プレッシャーが掛かるのも、良いのかもしれません。

新聞だけはほぼ毎日、そして、紙媒体もあるのになぜかオンラインで見ます。こっちの新聞紙は紙質が悪くて手が汚れるし、スクラップにも不向きというのが、その理由だと思います。

私の仕事(職種?)は、アナリストとコンサルタントが半分半分という感じなので、需要に応じて、力仕事でその都度ググるのが良いか、日々蓄積するのが良いか、バランスは常に悩んでいますが、私なりの振り返りは、

  • 記憶に残すにはメタデータが重要(取り上げてあるテーマ、確かあの雑誌、あんな色の紙、あんな写真・イラストが載っていた記事、読んで自分なりに咀嚼した結果・感想)
  • こまごま分類すると、逆にどこに入れていいのか分からなくなるので、結局時系列順が良いらしい(「超整理法」に近い?)

かな?と思います。

そのような面でブログはかなり便利です。エントリという形で、自分の言葉で簡単にメタデータが付けられるし、キーワードで検索できるし、「確かいつ頃見つけたんだよなあ」的にも探せる。もちろんカテゴライズもできる。

難を言えば、1~5のプロセスを踏むとそれなりに情報のプロセッシングに時間が掛かることです。たぶん私の情報処理量はそれほど多くないと思います。もし将来エラクなって個人秘書を雇えるぐらいになったら(笑)ブログのエントリだけ書いて、「このエントリにこのファイル、リンクしといて」「スキャンしてアップしといて」にしたいです(笑)ただ、1~5のプロセスを通ってるからこそ余計記憶に残ってる(後で探し出せる)のかもしれない、とも内心思っていて、紙の処理をアウトソーシングするのがホントに生産性向上に繋がるかは、まだ分かりません。

そんなわけで、Google OS論この回の「これからの10年」飲み会に参加できなかったのが悔やまれてならない)には、かなりの部分Agreeですが、更に個人的なワガママを言うと、

できれば次世代OSは文脈理解力を高めて欲しいです。

例えば、Amazonの新しい機能に、ある本の文章を処理して、要旨のみならず、文章に特徴的な言葉や著者特有の表現を抽出してくれるというようなものがあったと思います。そういう風に私のイイタイコトを分かってくれる検索ができたら、とても嬉しいです。

次回は、コンピューター業界のこれまでの流れをおさらいしてみようと思います。


ナレッジワーカーの生産性を低下させるもの

他サイトでリンクを貼っていただいたのを機に改めて読み返すと、分かりづらかったので、若干補足・修正しました。ちなみに、私が「へ~」と思ったIDCの調査レポートは2003年に発行されたものですが、最近行なわれたAccentureによる調査でも、状況は全然改善していないことが分かりました。エンタープライズサーチやナレッジマネジメントにはイノベーションはないのでしょうか。うむむむ。(2007/1/11)


"Enterprise Search Technology: Information Disasters and the High Cost of Not Finding Information" (Portals Magazine, Dec 2003)

ちょっと古い雑誌ですが、興味深いデータがありますので紹介します。
IDC, Working Council of CIO's、AIIM、Ford、ロイターの調べ(共同調査)によると、
  • ナレッジワーカーは15%-35%の時間を情報検索にあてている
  • 探しているものを見つけられる確率は50%以下
  • 探している情報を85~100%見つけられると答えたのはたった21%の回答者だった(2001年のIDC調査 "Quantifying Enterprise Search", May 2002)
  • 40%の企業ユーザが、イントラネットで必要な情報を見つけられないと回答
  • ナレッジワーカーがレポート・製品を新たに作成する場合、90%が既に存在する情報
  • 知的な再作業、substandardパフォーマンス、ナレッジリソースが見つけられないことによって、年間一人$5,000のムダが発生している。

「1,000人のホワイトカラー、一人当たりの人件費がサラリー+ベネフィットで$80,000が平均の会社」をモデルに試算すると、

  • 情報を探す時間、見つけられない作業に費やす組織の時間は合計$6million
  • 情報を探せないことによる機会損失は年間$12million以上(15%の時間は、既存の情報を再び作り出すことに費やされている)

事例:チャールズ・シュワブ、ランズエンド、ステープルズ、メイシーズは$125,000/月の売上増、あるいは平均的な取引額 (deal size) が400%増加し、コールセンタのコストと呼量が30%減少した。

Portals Magazineの記事の元ネタになっていたのは、"The High Cost of Not Finding Information"というタイトルで、2003年6月にIDCから発行されているレポート(これが冒頭に列記した複数機関による共同調査と思われる)です。が、例外的に、それ以外の文献から引用されていたものについては、出典はそのままブログにもコピーしてあります。


これからの農業に求められるものとは

農業(とりわけ酪農業)には北海道経済を活性化するポテンシャルがあるのではないか?という考察について、コメントをお寄せくださった皆様、ありがとうございました。

今回このテーマについて調べてみて、最初の率直な感想は、「なんか効率の悪そうな業界だなあ」でした。しかし、規制産業ならではの難しさもあったようです。戦後すぐ農地解放が行なわれ、その後はずっと法規制で、株式会社の農業参入は禁止されていたとか(要は、地主と小作農みたいな関係をなくし、お百姓さんを守ってあげましょう的発想)

これからの農業・食品のキーワードは「健康」だと思います。

日本人の寿命は延びる(医療の発展、絶対的生活水準の向上)→できれば健康で長生きしたい→病気になってから治療するのではなく、病気にならないようにする(予防)→安全で健康な食生活に対する消費者意識の高まり

明治乳業の乳酸菌のR&Dやビジネスに関する資料を見て「なるほど」と思ったのは、なぜ乳酸菌食品を買うのか?という質問に対する消費者の回答が、1位が「健康に良いから」2位が「おいしいから」だったことです。

この結果を私なりに解釈すると、おいしくない食品を買う人はいないが、「体に良い」という大義名分があると購買を正当化しやすい(=購買に対する心理的抵抗を下げる)のだと思います。

つまり、体に良いというキャッチフレーズはマーケティング的にも付加価値が高いのではないでしょうか。

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