20世紀最強のCEO (ジャック・ウェルチの講演を聞いた夜)
January 20, 2005
昨日、ジャック・ウェルチに会った(というか見た)話をアップしたのですが、ふと「ぼくは見ておこう」の松原耕二さんみたいに「私の目を通したウェルチ像」を書くとしたらどんなかなあ、と思ったら、むくむくイメージが湧きあがってきたので、追加しておきます。
「20世紀最強のCEO」
カリフォルニアよりも遥かに生温い空気のオーランドは、ゆったりと降り立つ者を迎えてくれる。アロハシャツに短パン姿の観光客も目立つ週末のリゾートホテルのロビーに、一人ビジネスモードのスーツ姿の若い東洋人女性はよほど目立つのか、人懐っこいタクシーの運転手も同情気味だ。
「日曜の夜なのに若いレディが仕事とは、日本人は本当に勤勉だね」
パームツリーに囲まれ、周囲を威圧するかのように聳え立つ豪華なタワーのホテルが会場だ。ロビーへ着くと、スーツやジャケット、パンプスに身を固めた華やかなビジネスパーソン達がスターバックスの紙コップを片手に、そこかしこで談笑している。外国生まれの住民が3割にものぼるシリコンバレーから来た私がこの手のカンファレンスに来ると、最初の数時間は、白人比率の高さに慣れるのにいつも戸惑う。
しかし今日は他の参加者がどうのと気にする余裕は、あんまりない。
「20世紀最高の経営者」と名高いジャック・ウェルチの基調講演があるのだ。
1981年にGEのCEOに就任。「リストラクチャリング」「集中と選択」ウェルチの経営手法に端を発した経営コンセプトはあまりに有名だが、彼のやり方は当時の常識から著しく外れていたため、「中性子ジャック」と非難されたそうだ。しかし彼は信念を曲げなかった。そして、彼の21年間の「治世」で、GEのマーケットバリューは$13Billionから$500Billionに成長した。
ロイヤルブルーの緞帳が張り巡らされたステージはやや暗く、主役の登場を静かに待っている。会場の真ん中よりやや右側、前から5列目ほどに席を取って、やけに喉に引っかかるコーヒーを飲み干しながら、講演に備えてノートを広げる。隣の人は、会場で販売されているウェルチ本をめくっている。逆側のお隣は、連れ立ってきた同僚と「あのウェルチの講演だからね」と語り合っている。
きっかり時間通りに、他愛のない囀るような世間話の声が静かに満ちる会場に、プロフェッショナルの男性アナウンスが、礼儀正しくカンファレンスの開始と司会者の登場を告げた。
黒いスーツに身を包んだ、いかにもパワフルな女性エグゼクティブというカンファレンス・チェアがステージに駆けあがった。ダイナミックな動作にユーモアたっぷり、自信を持ってステージをリードする彼女も、今日最初のメイン・スピーカーを紹介するときはさすがにやや緊張気味に、その経歴を噛んで含めるように紹介する。
"Ladies and gentlemen, please welcome Mr. Jack Welch...."
お決まりのスピーカー紹介の最後の台詞が終わるか終わらぬかのうちに、興奮気味の聴衆は大きな拍手を送り始める。
すぐに、ホストを務めるゲイリー・ハメルがエレガントに登壇する。
聴衆の数パーセントが、「ウェルチはまだ?」というように隣人に囁き始め、首を振り始めた次の瞬間、主役がゆっくりと緞帳の影から現れた。ネイビーのジャケットにブルーのシャツ、ダークグレーのスラックスにブラウンの靴という一部の隙もないいでたちで、満員の聴衆が拍手を続ける中、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。彼の椅子の足許に1ダースほど用意されたミネラルウォーターのボトルが、彼の熱っぽいスピーチを予想させる。
雑誌のカバー等を飾る写真は何度も見たことがあるが、目の前に現れたウェルチは、少なくともフィジカルに「タフガイ」という印象を与えない小柄で細身であった。そして紛れもなく70歳だった。しかし、膝に肘を付き、顔の前で組んだ手が非常に大きい。何より、会場をぐるりと見渡したその鋭い眼光は、本の表紙にあるようなにこやかさは微塵もなく、古代ローマの将軍もかくやと思うほどの厳しさと、その引き締まった顎のラインに妥協を許さない意思の強さを感じさせた。
ハメルの問いかけに応える形で彼が話し始めた途端、ステージに当たっていた眩しいほどのライトの温度と明るさが急激に下がったような錯覚をおぼえた。彼自身が、ライトの熱を飲み込むほどのオーラを放っていたからだ。
彼の物腰はストレートで明快で、語彙もシンプルで、Non-nativeの私にすら容易に聞き取れるものだった。音だけを追うと「べらんめえ」口調のようにも聞こえるフランクな物言いである。講演が進むに連れ、彼の大きな手がそれ自体がまるで意思を持っているかのように動き出し、最初はしわがれてやや弱かった声がだんだん張りを取り戻して行った。
- Energy, Execution
- 書類を山ほど作ったり、人の仕事を見張るのが管理職の仕事ではない。どんなに組織が大きくとも、全ての人と触れ合うのがリーダーの仕事である。
- 上司に決定やアイディアを求めるな。どうすべきかは現場が知っている。
- data keeperより利益を生む人を高く評価し、最も優れた人材はサービスに配置せよ。
- ビジネスで成功したいなら統計のエキスパートになるとよい。
- 諦めるな。
彼の話はどれもとてもシンプルだ。過去読んだことのあるウェルチ本に書かれてあるようなことばかりだった。逆に言えば、それだけ、確信を持って語り続けてきた言葉だからこそ本に残っているのだろう。しかし、唱えるだけで叶う「魔法のおまじない」を求めて来た人は、おそらく肩透かしを食らったことだろう。講演の最後には、会場から次々に質問が寄せられた。身じろぎも瞬きもせず、質問者を食い入るように見つめるウェルチの眼差しは、講演全体を通じて最も鋭いものだったと言ってよい。彼は、一つ一つの質問に誤魔化したりせず正直に答えていった。
数千人に1時間少しという短い時間で、「マネジメントとは何か」自分の信念を伝える、というミッションを仕上げ、笑顔で手を振りながらステージを降りるウェルチを、満員の聴衆はスタンディング・オベーションで送った。たった1時間の講演ですら、これまでこのように鋭い眼光を見たことがないというほどの凄みを持って応えようとする真剣さに私は驚いた。彼は、講演という仕事を引き受けた以上、聴衆が求めるものを伝える最善の努力をすることが聴衆とGEに対する自分の責任であり、自分が伝えたい言葉は決してエンターテインメントなどではないと考えていたのだろう。
同じような迫力を持って周囲を圧倒する超一流のCEOについての逸話を、ある日本人起業家から聞いたことがある。そのCEOとは、アンディ・グローブ。講演のためにスタッフが連日徹夜で作り上げた資料を、ビリビリと無言のうちにスタッフの目の前で破り捨て、自分で一から書き上げたそうだ。
ノブリース・オブリージュ、高貴な者の義務、という言葉がある。
高い身分に生まれた者だからこそ人に奉仕せよという昔の貴族の心構えや責任を示す。
貴族という社会的身分は今日存在しない(少なくともアメリカには)が、リーダーの立場で組織の運命を方向付ける者に課せられる責任の重さは依然存在する。言い換えれば、義務や使命に殉じようとする徳の高さや信念に妥協しない厳しさを持つ人こそが、リーダーとして周りに認められていくと、考えることもできるかもしれない。
ステージを降りた彼の目には、もう険しさはなかった。殺気すら感じさせた講演中と、旧友に会ったかのように気さくに握手やサインに応じる愛嬌の対比の激しさに、再び圧倒させられた。君主として最も避けるべきは「軽蔑と憎悪」であるとマキャベリは説いたが、彼の部下は、上司を深く畏怖し、敬愛したであろう。
GE帝国を統べる者としての彼がどのようだったのか、部外者は数多くのウェルチ本から推察するしかない。しかし、少なくとも、この日1時間と少しという短い話で数千人の胸に鮮やかな軌跡を残し、会場を静かに立ち去ったウェルチの伸びた背筋には、「20世紀最高ののCEO」の講演に対する聴衆の期待に殉じようとする、静かな、しかし揺るぎのない覚悟が滲んでいた。
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