The Meaning of Business
帰郷

Into Thin Air

「雇用問題」は、今年のアメリカ大統領選でも一つの大きな争点になっています。大統領候補の政策で最も注目するトピックは「雇用」「保険(※)」だという有権者アンケートの結果がWall Street Journalに出ていたのを見たことがあります。

雇用に対する大衆の不安を逸らすためには、海外アウトソーシングは格好のスケープゴート(ガイジンが我々の職を奪った!というのは非常に分かりやすいし、国内の利害を一致させやすい)なんだろうなぁ、などと、ややヒネた見方をしている私ですが、「ここ3年間で失われた270万の職のうち、海外アウトソーシングされたのは30万。生産性が1%あがるたびに130万の職が失われる」というForrester Researchの発表(これを取り上げたBusinessWeekの記事紹介)には、少し驚きました。アメリカ人の職を奪っているのはインド人・中国人ではなくアメリカ人自身だった、というのは、ある意味非常にセンセーショナルなものだったのではないかと思います。

また、海外アウトソーシングはアメリカ国内での雇用創出に繋がっている、と、業界団体が発表したりと、最近、企業側の反論も盛んになってきました。

270万のうち30万が多いか、少ないか、とか、その数字の妥当性は、とか、難しく考えれば色々突っ込むところはあるのですが、

Maybe offshoring is good for the economy in the long run. Maybe it will boost productivity and save companies. But it's causing real pain to real people. And they never thought it would happen to them.

「本当の痛みを味わっている人たちの肉声」を紹介しているFast Companyの記事を今日は紹介します。

Into Thin Air
http://www.fastcompany.com/magazine/freebie/81/offshore.html

WatchMark Corpというソフトウェア会社や、製本会社、自動車の部品工場、Agilent Technologyなどで働いていた人たちが、いかに職を失ったか、という話が書いてあります。「この人はこうで、あの人はああで」という感じの文章が多いので、紹介が難しいのですが、特に冒頭、WatchMark Corpの従業員で構成されるYahoo Groupで、Saddam Husseinという名前で不気味な予告がされた翌日には、確実に人がレイオフされた、という話には、何とも言えない怖さ・やるせなさが漂っています。最初の6パラグラフほどを読むだけでも確実に「ある日突然職を失う恐怖」が味わえますので、「対岸の火事」だと思っている方、良かったらご一読を。

ちなみに、後半には、じわじわと職を失って行く様も描かれています。こっちも怖いですね。

It's an increasingly common pattern. Full-time jobs become contract work, without benefits, and then vanish overseas.

30万、というのは客観的な数字ですが、それぞれ人生があるわけだよなぁ…、と、当たり前のことを実感させられます。

ちなみに、野暮を承知で少し補足しますと、「月曜日に自分の替わりがやって来る云々」というのは、レイオフするなら月曜日の朝イチに言え というのがアメリカ式マネージャの心得だからだと思います。「月曜の朝に言われれば、次どうするべきか、色々手立ても打てるし、気持ちの整理も付く。金曜日の帰りがけに言われたりなんかしたら、レイオフされた人は、解決策も持たず、気持ちの整理も付かず、”家族には何て言えば…”と絶望的な気分で帰宅し、暗い週末を過ごさなければならない。その人の家庭にとっても不幸だ」と、留学した時に教わりました。

Fast Companyの記事後半では、

In IT alone, Gartner estimates that another 500,000 positions in the U.S. may leave by the end of this year; in one scenario, as many as 25% of all IT professional jobs could go overseas by 2008.

アメリカのIT業界の1/4の職は2008年までに海外アウトソースされるというGartnerの予測についても触れています。

MicrosoftのBill Gatesが一流大学のEngineering専攻の学生を激励したそうですが、反面、シリコンバレーですら、Engineering専攻の学生の数は減っているというデータもあり、トレンドの変化を敏感に感じ取っているアメリカの若い人の姿が伺えます。

manufacturing accounts for just 14% of U.S. output, while services provide 60% and employ two-thirds of all workers. "It's happening much faster [than in manufacturing]," says Cynthia Kroll, senior regional economist at UC Berkeley's Haas School of Business. "There are fewer capital investments required in outsourcing a services job." Kroll cowrote a recent study that pegged the current number of jobs vulnerable in some way to offshoring at a stunning 14 million.

しかも、今回の環境変化は、かつてアメリカの産業構造が製造業からサービス業へとシフトした時よりも遥かに急速に進んでいるとのことです。

The irony is that offshoring is not an American-only concern. In manufacturing, the jobs have trampolined from country to country. In a world where people are treated as any other factor of production, scapegoating one country is pointless.

職が海外に移ったからといって、その国をスケープゴートにするのは的外れなことだ、と言いつつ、これがアメリカだけの問題でないとしたら。海外アウトソーサーとの付き合い方においても、先進諸国の中でアメリカが一歩リードする構図となるのでしょうか?

こんな時代、個人はどうやって会社や仕事と付き合えば良いのでしょうか?

突然の退職勧告」は、私のblogで最も参照されているエントリの一つですが、退職勧告を受けたある30代半ばの男性が、どう自分の道を切り拓いたかの話には、非常に重要なヒントが含まれていると思います。興味のある方はまぐまぐプレミアムでお読みください。ちなみに、FRI&Associatesのメルマガでは、「戦後最大の経済事件」といわれたイトマン事件についても、筆者・河合さんが、当事者の一人として、会社がなくなる日のことまでを語りつくしており(力作です!)、日本の企業戦士な皆さまにとっても読み応え十分だと思います。

日本企業が潰れるときの一つの例と、そこでしぶとくSurviveするためにはどうすれば良いのか?イトマン事件シリーズで今の会社に入社した時の感慨を思い出しつつ、失敗パターンを観察し、勧告退職シリーズで明日への知恵を学べる、という、大変素晴らしいメルマガですので、私Tomomiが改めてオススメします!!

余談ですが、Fast Companyの記事は、村山さんから「コレ、ネタにいいんじゃない」とご紹介いただきました。

※アメリカでは、健康保険制度が日本と違っています。医療費はおそらく日本より高いのではないかと思います。そのため、保険を持っていない人も多いそうです。企業側にとっても、従業員の保険を負担するのが大変だとか。また、こちらの病院は予約制なのですが、予約の電話を入れると、真っ先に「保険は持っているか、どこのか」を確認されるので、驚きました。

Comments

エディテック(editech)

Tomomiさん、こんにちは。
editechです。

「生産性が1%あがるたびに130万の職が失われる」ということ自体は別にセンセーショナルじゃないと思います。

労働生産性の関係式は、「労働生産性=生産量÷従業者数」ですから、生産量を所与(固定)とすれば、生産性が上がれば雇用は自動的に減りますから。

問題は、「生産量」が伸びないことなのではないでしょうか?

もしかしたら、アウトソーシングではなく、生産性の上昇のほうが影響が大きいことのほうが問題だった、ということをセンセーショナルと言いたかったのかなと思ったり思わなかったり。。。

ただ、生産性って統計的には誤差のことだとどこかで読んだことがあります。最終的にほかの要素で説明できない生産高の上昇・下降の原因を生産性のせいにする、と。

それでは

Tomomi

EdiTechさん、

アメリカで「Productivity」と言ったときは、ご指摘どおり、Output(おそらく売上高もしくは生産量)を総労働時間で割ったものを差しているようです。アメリカでの「Productivity」は、Bureau of Labor Statisticsが四半期ごとに発表していて、ニュース等になるのは大体BLSの数字なんですが、その定義はこの辺に書いてあります。
http://www.bls.gov/bls/productivity.htm

それで、「全体の生産量(言い換えると市場、ってことでしょうか?)が伸びてないのが問題なのでは?」というご指摘ですが、アメリカ国内に関して言うと、GDPは最近伸びています。
データ、探せばおそらくもっと新しいのもあるかと思いますがとりあえず半年前のものを。
http://money.cnn.com/2003/10/30/news/economy/gdp/?cnn=yes

また、以前このblogでも紹介したことがあるんですが、景気が底を打ってからもう2年経っているのに、その時より職が減っている、というのは、過去の求人市場とは傾向が違っているとのことです。
http://shimizu.typepad.com/vietmenlover/2004/02/is_the_job_mark.html

ですので、今のアメリカ経済では、企業は人を必要としていない、言い換えると、少ない人でも商売ができるような構造に変化しつつある、と言えるのではないでしょうか。

これをもう少し噛み砕いて言いますと(あまりに毒が強いのでコメントを差し控えていたのですが…)「元々、労働者の生産性ってムチャクチャ低くて、あんまりちゃんと働いてない人がたくさんいただけで、その人たちを辞めさせても実は仕事は回る、ということが分かっただけなのでは?」というのが、私の率直な感想です。

ただ、meta-oさんがTrackbackしてくださったエントリの中でおっしゃっているように、生産性を追及しすぎると余裕がなくなる、そうすると、創造的な仕事にとっては必ずしもプラスに働かないのでは?と、私も最近感じています。

なので、短期的な利益のためのレイオフ強行が、長期的に見た場合の企業の体力にどう影響を与えるか、もう少し見てみないと何とも言えないなぁ、というのが今の感想です。

ちなみに、IT投資の規模と生産性の関係性の検証については、過去blogで紹介したThe Real New Economyが勉強になりました。
http://www.myprofile.ne.jp/blog/archive/vietmenlover/21

#同じようなことは、創造性が重要な音楽・文学等の創作活動についても言えるのではないか?というのが私の仮説で、世の中が「効率万能主義」になると、文化は衰退するのではないか、などと思っています。最近、音楽業界では不法コピーや廉価な電子データのダウンロードの話題が賑やかですが、市場全体で見ると、売り上げは減少傾向にあるそうなんですよね。
http://www.economist.com/agenda/displayStory.cfm?story_id=2552490

それから、「センセーション」の意味ですが、行間まで読んでいただいてありがとうございます(笑)
「これが今後の資本主義社会のルールだとしたら、やっぱり経営する側に回るほうがオトクそうだなー。ついでに、人がいなくてもオペレーションが回るようなビジネスのほうが儲かるってことかなー」と、思ってましたが、外人に仕事を奪われたと思って怒りの拳を振り上げた労働者の皆さんにとっては、ショックがでかかろう、という気持ちを込めて、そう表現しました。

editech

Tomomiさん、
遅くなりましたが、丁寧な回答ありがとうございました。
勉強になります。

さて、

>(あまりに毒が強いのでコメントを差し控えていたのですが…)
>「元々、労働者の生産性ってムチャクチャ低くて、
>あんまりちゃんと働いてない人がたくさんいただけで、....

の部分ですが、そう思っている人は多いと思います。
というか、世の中そういうものです。
そもそも人間なんて不平等にできているのですから。

>同じようなことは、創造性が重要な音楽・文学等の創作活動についても
>言えるのではないか?

これは同感。芸術はディレッタントの最高の娯楽なのに
「効率万能主義」というのはそぐわないですよね。
なんだかなぁ、とよく思います。

そういえば、ご存じかもしれませんが、
SWさんこと渡辺聡さんがCNET Blogデビューしましたね。
すごいですねー。CNET Blogを読む楽しみが増えました。
この場をちょっとお借りしますが、
おめでとうございますっ! SWさん。

日本への帰路、お気をつけください。(もう機上の人かな。。。)
それでは。

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