私がblogを書く理由
ベト麺's Club

書きあぐねている人のためのblog入門

ランナーズ・ハイなのかもしれませんが、私自身は、最近「書くことがなくて困った」ことはあんまりなくなってきたんですが、先日友達に「よくそんなに書くことがあるね」と言われて、思わず考え込んでしまいました。うーん。なぜ私は書き続けられるのだろう?そんなわけで、私がどうやって書いているか(来たか)まとめてみたいと思います。「blogなど、何か文章を書いてみたいと思っているけど、どう書いたらいいのか分からない」という人の参考になるかもしれないので。

#ちなみに今日のエントリの題は、「書きあぐねている人のための小説入門」から借りてますが、中身が本に準拠しているかどうかは定かではありません(読んでないので…)。

◆Non-nativeとしての情報収集Tactics

私が会社でやっている仕事、というのは、世の中で起こっているたくさんの物事の中から、小さいニュースを根気強く拾い集め、断片的な情報から「ある市場は、これからどうなりそうか」について予測を立てて、「だから、こうするべき」といった提言をまとめるアナリスト業務なので、もともとbloggerへの適性は高かったのかもしれません。

ちなみに、私の英語力は「Non-nativeとしては上の下」ぐらいだそうです。
(こちらで、Non-nativeのビジネスパーソンに長年英語を教えている先生のアセスメントの結果)
bilingualへの道は、ホント遠く険しいことを痛感中ですが、そんな私がアメリカに来て、アメリカの情報をウォッチする業務についてみて、英語での情報があまりに多いこと、特に、最初はその情報がどの程度信用できるものなのか、情報ソースの信頼性に対するコンテクスト(そのサイトが、業界内でどういう評判なのか、等)が理解できなかったので、非常に苦労しました。

情報が多いので、「全部読んでみて判断する」なんて無理だし、そもそもNon-nativeの私にとっては、英語での情報収集では、時間あたりの作業量は、日本語での場合に比べて圧倒的に効率が悪いのです。

そこで、blogを通じて二つの訓練(足腰を鍛えつつ、選球眼を養う)をしようと思ったのでした。


  • とにかく、たくさんの、色んなメディアの記事を読んで英文読解力を鍛えること
  • 「何のために」「どういう情報が欲しいのか」「自分なりの仮説・着眼点はコレ」と、あるテーマに対して、自分なりの編集方針・目的意識を持ち、時間あたりの情報収集力をあげる

「読んでいれば何か面白い発見があるのではないか」と、ダラダラ、目的意識を持たずに、ひたすら情報を探していては日が暮れてしまいます(時間に余裕があればそれでも良いのですが…)書かれてる情報もよく読むと矛盾があるのはよくあることです。それに、世の統計情報というのは、ちょっとデータの取り方が変われば正反対の内容が複数存在する、というのはよくあることなので、「他人が言っていること」の鵜呑みでは、結論として何が言いたいのか、筋の通ったレポートを書くのは難しいものだ、としみじみ思います。

※ 以下、長いです

◆文章のキモとは

私が仕事でいちばん苦労しているのは、調査の方針・レポートの方針を立てる最初の段階、「仮説を立てる」ところです。

何がどうなってると良い仮説、というのはうまく説明できないのですが、「質の高い仮説、低い仮説」というのは、あると思います。最初に立てた仮説のレベルによって、その後の仕事がすごく楽になったり苦しかったり、かなり大きく影響を与えるからです。

「質の高い仮説を立てられるようになるには、どうすれば良いか?」

これに対して、私もまだ試行錯誤の最中なので、偉そうなことは言えませんが、「インプットとアウトプットの量と場数、そして、考える訓練」なしでは、仮説のレベルは上がらない、というのが実感です。

◆blogを通じて問い続けること、継続する力

私がblogを始めたのは、前にも書いたように、「自分自身になりたかった」からでした。
自分の心の針を揺らすのは何なのか、それを書き綴って行けば、自然と収束して行くのではないかと期待し、なおかつ、その産みの苦しみの様子から、誰かが何かを感じてくれれば(できればポジティブなもので)嬉しいな、と思ったからなのですが、始めた時は、特に、明確なテーマや視点があったわけではありませんでした。

ただ、長年疑問に思い続けていた問いである、

「自分が人生を通じて追いかけ、実現したいテーマって何?」
「ITの価値って何?」

こんな素朴で単純な疑問を胸に始めました。あまりに壮大な問いなので一朝一夕に答えが出るわけもなく、結果として、様々な角度からずっと同じテーマについて書き続けることになりました。

最初からゴールや、ゴールまでの道筋が見えているわけではないけれど
ぼんやりと自分が向かいたい方向性だけはあって、
光が差してくる方向に、とにかく自分の足で一歩を踏み出してみる

という感じでした。

やってみたら、「なぁんだ、blog書くのって、アナリストの仕事とおんなじだ」と、かなり早い時期に気づきました。仕事で読むレポートやサイトというのは、ある程度決まっていますので、自分の幅を広げつつ、少しでも多くの英語に触れること、インプット・アウトプット・検証というPDCAサイクルを早く回すことができれば、と思って始めましたが、少し長い目で見れば、本業での足腰を鍛える上でも随分役に立っているのではないかと思っています。

◆どうすればテーマが見つかるのか

かなり前に、自分のキャリアを振り返って書いた「超えられない壁は、自分の前には現れない。」というエントリの中で、「壁にぶつかるところまで、まず自分の足で行かなければいけない。 ぶつからない壁は、超えられない」と、書いたことがあります。

文章で、自分の思いを表現することだけが、人の価値ではないと思います。喋りで表現するほうが好きならそれでも構わないし、それを経済的価値で実現するのだ、という人は、投資でリターンを出すとか、営業に走り回る、それも自己表現なので、別に誰もが文章を書く必要はないし、それがうまいか下手かどうかがその人の価値を決めるわけではありません。

ただ、このblogを読んでくださっている人の中に「自信はないけど、自分も文章で何かを表現したい。でも、どうやったらいいのか分からない。」という人がいるなら、

まず、「自分がとっても気になるけれども、よく分からないこと」
「やってみたいけれど、苦手なこと」が何かを考えてみてはどうでしょうか。

「よく分からないけれど、どうしても気になること」を一つ見つけて、それを書き出してみる。
関連する文章を見つけたら、貼り付けてみる。
次に、「じゃあ、なんで自分はそれが気になるのか?」を考えてみる。
自分が考えたことをサポートしたり、反証するデータがあったらまた貼り付けていく。
この繰り返しです。

誰に誉められなくても、誰も読まなくても、自分が良ければそれでいいのだ、と割り切って、自分自身の内なる声にしっかり耳を傾けて、自分と対話すること、これを突き詰めて行けば、blogを書くのは難しいことではありません。

会社の仕事と違って、短期に成果が問われるわけではないのですから、簡単に答えが出ないテーマに取り組んでもいいと思います。しつこく、寝ても覚めても考え続け、時に友達と話し合い、もうダメかも、と思ったら、その次の瞬間小さなブレイクスルーが訪れます。小さい一歩であっても、確実に前に進んでいることが分かるはずです。

例えば、私のblogで割と好評だったエントリ、「海外アウトソーシングの波にアメリカはどう立ち向かうのか」、あの中で「海外アウトソーシングは政治問題になりうる」というポイントに注目していますが、この観点自体は半年ほど前にいったんポストして以来考え続けてきたものです。アメリカは今年大統領選の年なので、選挙話が盛り上がるにつれ、メディアにも登場するようになりましたが、当時そういう記事はあんまりなかったように思います。

#結果としては、Edwards 上院議員はあの後大統領選からは撤退して、Bush-Kellyの一騎打ちになりそうなので、私の予想はアッサリ外れたんですが。

「Built to decline」というTom Petersの言葉に反応したのは、1,000年以上の命を持ったローマ帝国の歴史の大半が、滅亡への長い長い道だったことを思い出したからでした。

そんなわけで、文章を書いてる時間自体は短くても、そのテーマについて熟成させている期間は長いです。ネタ帳には、幾つか、完熟前の「ネタの種」が幾つか入っているので、何かの拍子に発火したら、一気に書き上げて出す、というのが最近の私のスタイルです。完熟させるまで放置すると忘れそうな場合は、とりあえず思いついた疑問・テーマだけ書き付けておくこともあります(別に、blogなので、「種」の時点でリンクだけ貼っておいても良いのですが、なにぶん私はメモリ容量の少ない脳みそなもので、あまりにリンクの数が多くなると結局読まないので…)。

◆最初の一歩をどう踏み出すか

具体的な一歩の踏み出し方、としては、お気に入りのbloggerがいたら、その人が紹介してるリンクをたどっていって気に入ったものをどんどん自分のところに貼り付ける、でいいと思います。できれば、1行でもいいから、「それに対して、自分はどう思うか」「自分はどうしたいのか」書いてみると、なお良いと思います(少しずつ考える癖を付けるために)
最初は「コレってただの人まねじゃないか」などと悩むかもしれませんが、あんまり個性がどうの、と深く考えずに、「自分が面白いんだから、それでいいのだ」と開き直って、淡々と続けて行けば、自ずと個性は出てくるものではないかと思います。

何について書いたらいいかわからない、みたいな話もたまに聞くのですが、書くべきモノを持たない人なんていないと思うので、自分の内側から「コレについて書かずにいられない!」という衝動が湧き上がってくるのを待てるかどうか、だけではないでしょうか。

「人生の最も身近で最も大切な道連れは自分自身」(親きょうだいや、配偶者よりも長いお付き合いだし、絶対に別れられませんから。)だと思えば、長い人生の中で、語るべき物が出てくるまでの時間なんて大したことない、と思います。まずは、口の重い恋人を前にした時と同じように、自分においしいお茶でも一杯ふるまって、内なる自分が口を開くまで、気長に待つというのもおつなものじゃないでしょうか。

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なんだか、当たり前のことを書いているだけのような気もしてきたので、こういう文章を出すのはどうかとも思いつつ、まだ先週までの仕事最繁忙の余韻(というか後遺症?)を引きずっててblogathyなので、リハビリも兼ねて、これまでのおさらいをしてみました。

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